2010年05月30日

友達が自殺したと聞くたびに、いや友達じゃなくても別によくて、ニュースかなんかで日本のどこかで誰かが死んだり事故にあったりしたのを聞くと、それ、俺の役割なのにって思う、今もまだ

突然だが,今注目されているバンド「神聖かまってちゃん」の、日本社会史あるいはパンク史的な意義はもっと指摘されてよい。
和製パンクロックが生まれて30年、日本人はついにこうしたバンドが評価される社会へたどり着いてしまったのかぐらいの衝撃である。


 少し回り道をすれば、2年前の6月8日の秋葉原の路上、私もその場所に居合わせたから忘れもしない。
「非リア充」の26歳男が赤の他人7人を次々とぶっ殺した。「格差社会」「ニート」「希望のなさ」などのバズワードとともに、秋葉原連続殺人は、00年以降の社会に訪れたこうした変化の象徴と言われた。


 その時、僕たちは気づくべきだった。不適切かもしれないが、その事件は別の見方をすれば、パンク好きにとって願ってもない時代の到来を告げていたのである。すなわち、日本で訪れることのなかった”本来の”パンクロックが受容される時代へと、日本が変化(退化?)しているという事実だ。 


 今更説明するまでもなく、1970年代に生まれたパンクロックは、当時の英国社会のなんとも言えないクソッタレな社会環境で生まれた。自国産業は衰退し景気は最悪だった。若者は職も金もなく伝統的な階級社会に阻まれてはい上がることも出来ない、こんな絶望感の中で、パンクロックは圧倒的な説得力をもって浸透していった。


 80年代以降、パンクロックが日本にも輸入され、反社会的な曲が大量生産された。もちろん素晴らしい曲やミュージシャンも次々と生まれたが、すべてに共通する根本的な欠陥があった。それは、当時の日本が総中流社会で、基本的に成長を続ける豊かな社会だったということだ。「フリーター」は当時は自由な生き方として受け入れられた。若者が抵抗する相手は、両親とか、学校の先公(古い!)とか、そんな微笑ましいものだった。ザ・スターリンに影響されてビリビリに破けたTシャツを着る人たち。80年代後半のバンドブームでカラフルに染めた髪の毛をツンツンに立て演奏する人たち。だから彼らの反抗的なパフォーマンスは、すべて豊かな日本人の”真似事”でしかなかった。たとえ人気を呼んだブルーハーツでも、社会派的な曲には説得力がなかった。


 「神聖かまってちゃん」には、この日本のロックが抱えてきた”嘘くささ”がない。それが決定的に新しい点だ。いわば日本のパンクロッカー達が、演技的に”狙って”なろうとしたポジションに、不気味なぐらいナチュラルにすっぽりと収まっている。まるでそこが自分の居場所であるかのように。


 ボーカルのの子は、高校を中退しネットに没入する日々を送った腐れニートだ。感情に極度に左右されやすい社会生活上致命的な問題も抱える。彼は、唯一の希望であるバンド活動において、そのどうしようもない自分自身を、包み隠さずそのまま見せることにした。ピアキャスやニコニコ生放送を使って。渋谷の路上ではライブパフォーマンスをし警察に補導され、自宅では酒を片手に1時間でも2時間でもグダグダトークを展開する。楽曲自体もありえないほど”ありのまま”だ。曲は洗練されてなく、子供のような詩だ。歌い方や演奏も改善の余地がかなり大きい。それを意図的にやったかどうかはともかく、結果としてこれが人気を集めているポイントだった。「そんなポジションからロックを歌われたら、もはや彼ら以外の誰もロックを歌うことなんかできなくなってしまうよ」的な反則技の感すらある。


 日本は間違いなく1970年代のイギリスのように”衰退”している。そんな時代ではミュージシャンは自分をアウトロー的に飾りつける必要はない。「神聖かまってちゃん」のように無加工の姿がそのまま”パンク”表現になって若者の共感を呼ぶ。いいにしろ悪いにしろ、僕たちは今、そんな世界に生きているのである。
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posted by tuto at 18:33| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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