2010年05月30日

かっぱえびせん 土味

あたしの恋人 / 谷山浩子

あたしの恋人は 飛行士で
初めての 空を 飛んだ時に
真っ赤な炎 吹き上げながら
落ちてきたけど 死ななかった
それから今まで 生きつづけて
あたしのとなりに 今もいるわ
これからもずっと このままだと
あたしの髪を なでながら

あたしは知ってる あの人が
夜ごとの眠りに夢みるのは
あの日の きらめく 風の中で
燃えつき砕ける 自分の姿
夢から醒めれば またため息
あたしのからだにしがみついて
光のかわりに暗い汗を
風のかわりにくちづけを

あなたが好き
あなたが好き
死ぬまで そばに いてあげるよ

あなたのもの
あなたのもの
死ぬまで そばに いてあげるよ


ひとくいどじんのサムサム

ひとくいどじんのサムサム
おなかがすいて お家(うち)へかえる
かめの中の カメのこを食べる
七口(ななくち)食べたら もうおしまい
ひとくいどじんのサムサム とてもさむい

ひとくいどじんのサムサム
おなかがすいて となりへゆく
友達(ともだち)のカムカムを食べる
二口(ふたくち)食べたら もうおしまい
ひとくいどじんのサムサム 一人ぼっち

ひとくいどじんのサムサム
おなかがすいて 死にそうだ
やせっぽちの自分を食べる
一口(ひとくち)食べたら もうおしまい
ひとくいどじんのサムサム いなくなった





かなしいずぼん




多摩川流域にあこがれた(笑)。
当時(90年あたり)、雑誌「月刊カドカワ」に連載されてた「たまの月経散歩」という記事で、赤羽のあたりを「名曲誕生秘話」とか言ってメンバーが散歩してたの。



赤水門にさらわれて
ぼくらはいなくなっちゃった
まっしろい花で飾られた
四つも葉っぱを食べちゃった
かなしいずぼん




・・の、赤水門がペンキで虹模様に塗られていて「赤水門が虹水門になっちゃったね」とか言って惜しんでたのを覚えてます。
他のメンバーが、知久くんの詩の誕生の瞬間をかなりマジに探ってたのが印象的で・・!
お互いがお互いのファンなんだなぁ・・
と思うとますます彼らに憧れました。


この曲は何と言っても途中に入る、石川さんのアドリブでしょうね。
セリフ入り大曲のうちのひとつ。(他に「学校にまにあわない」「らんちう」「
一応“困った住人に文句を付ける大家さん”という設定なんだけど、ツアーだと大抵がご当地ネタになるかな?

「奥さん(なんや、とおばはん声が返事@やなちゃん)・・あんた・・**でしょ。あんたのその、**で、アタシのうちじゃぁちっとも眠れません!アタシゃ我慢しましょ?でも、アタシの息子は・・奥さんのその**のために・・ついに、**になりましたん、(ここで楽器と間合いを調節)じゃ〜〜〜っ!!!」
(ドン。と太鼓の音。歌い出す)
 かなしいずぼん 遠い昔のぼくらは子供達・・


この基本形に、どんどんアドリブが追加され。
長すぎると歌い手である知久くんが呆れてしゃがみこんじゃったり。
急に石川さんが「じゃ〜〜〜っ」と叫んで、慌てて知久くんマイクまで走ったり。

ある時期のたまの、たまらしい部分が凝縮されてる曲なのね。
たまの根幹である、知久くんの詩情。
やなちゃんのコーラスが示す、豊かな即興性。
やなちゃんと知久くんのハーモニー。
石川さんの前衛的・演劇的パフォーマンス。



この曲はGさん(ベース)加入前の曲のせいか、Gさんの出番は特にないんだけど。。
アドリブは苦手でも、彼のベース、きっちり仕事してます。




「四つも葉っぱを食べちゃった」が好きです。
“食べちゃった”のところが特に・・!
大切に歌いますね。
こういう風に歌われると、“芸”を見せてもらってる、という気がします。
詩を、詩人本人が朗読してるようなもので。



くるおしい草むらの物置の机の上に
かざったね ながめたね


も、韻を踏んでてね・・語感がおもしろいの。


それに続く、

遠い昔のぼくらは子供たち


・・の延々続くリフレインも好きです。
そこに、やなちゃんの


日曜の夜は出たくない
魚になりたくない
日曜の夜は外に出たくない
死体になりたくない




というコーラスがかぶさってきて、いかにもこれは初め即興でやってたのが定着した、って感じですね。
知久くんの曲にやなちゃんが割り込み、そこにまた知久くんがコーラスをいれる。
石川さんの合いの手もだんだん狂気じみてきて・・(失礼)
さいごは圧倒的な合唱で終わります。
ちょっと残響を残して。。



ブラーヴィ!



v階段の一番上にあかりがついたよ

近づいてよく見てごらん

そばで見てごらん

でも近づけばそこにない

後ろにある

でも振り向けば後ろにない

左にある



階段の途中のどこか あかりがついたよ

近づいてよく見てごらん

そばで見てごらん

目をこらして見つめるほど

ぼやけていく

視界の外へ逃げていく

気配が消える




降りて行こう 螺旋階段

下へ下へと どこまでも

降りて行こう まわりながら

夢の底へと 続く道




ひとつの扉をあけたら

百・千・万の

億・兆・京・那由多・阿僧祇の

扉があいた

ひとつの扉をとじたら

百・千・万の

億・兆・京・那由多・阿僧祇の

扉がとじた



ひとつ確かなことがある

確かにひとつ

それは確かにひとつある

ひとつ確かに



ふたつの次はここのつで

次はななつ

真夏のツノはココナツの

常夏のツノ



降りて行こう 螺旋階段

夢が醒めれば また夢だ

降りて行こう まわりながら

底が抜けたら その下へ




階段の一番下にあかりがついたよ

階段の一番下なんて ほんとはないんだよ

僕は無限を抱いている

眠りの奥

夢のスープを泳いでいく

ねじれていく




降りて行こう 螺旋階段

おりれば ゆるり 溶けていく

降りて行こう まわりながら

溶けて 崩れて いなくなる







最終避難場所のともだちとキスをして とかげの棲む公園をあとにした
きみのあたまは誰かのいたづらでもうこわれちゃってるから
図書館のガラスを割って入る
誰もいないから 君しかいない 誰もいないから僕のいうこときこうね


「電車かもしれない」 / たま

ここに今ぼくがいないこと誰も知らなくて
そっと教えてあげたくて君を待っている
ホラ もうそろそろだよ
物理の成績の悪い子どもたちが 空中を歩き回る時刻
夕方ガッタン電車が走るよ夕間暮れの空を
ぼくらは生まれつき体のない子どもたち

ここに今ぼくがいないこと誰も知らなくて
そっと教えてあげたくて君を待っている
ホラ 寂しい広場では
まるで算数を知らない子ども達が 砂を耳からこぼしているよ
台所ゴットン電車が通るよよそのうちの中を
ぼくらは生まれつき体のない子どもたち

夕方ガッタン電車が走るよ夕間暮れの空を
ぼくらは生まれつき体のない子どもたち





公園にいる浮浪者どもに森田童子の『ぼくたちの失敗』大音量で聞かせれば
何かおこるかもしれん



海が死んでもいいよって呼んでいる




君の青春は輝いているか
本当の自分を隠してはいないか

君の人生は満たされているか
ちっぽけな幸せに妥協していないか

宇宙全体よりも広くて深いもの
それは一人の人間の心

愛が欲しければ誤解を恐れずに
ありのままの自分を太陽にさらすのだ


安全カミソリがやさしく ぼくの手首を走る 
静かに ぼくの命は ふきだして
真夏の淋しい 蒼さの中で ぼくはひとり 
真夏の淋しい 蒼さの中で ぼくはひとり やさしく発狂する


足元の石くれをよけるのが精一杯
道を選ぶ余裕もなく 自分を選ぶ余裕もなく
目にしみる汗の粒をぬぐうのが精一杯
風を聴く余裕もなく 人を聴く余裕もなく
まだ空は見えないか まだ星は見えないか
ふり仰ぎ ふり仰ぎ そのつど転けながら
重き荷を負いて 坂道を登りゆく者ひとつ
重き荷も坂も 他人には何ひとつ見えはしない
まだ空は見えないか まだ星は見えないか
這いあがれ這いあがれと 自分を呼びながら 呼びながら

掌の傷口を握るのが精一杯
愛をひろう余裕もなく 泥をひろう余裕もなく
ひび割れた唇は噛みしめるのが精一杯
過去を語る余裕もなく 明日を語る余裕もなく
がんばってから死にたいな がんばってから死にたいな
ふり仰ぎ ふり仰ぎ そのつど転けながら
重き荷を負いて 坂道を登りゆく者ひとつ
重き荷は重く 坂道は果てもなく続くようだ
がんばってから死にたいな がんばってから死にたいな
這いあがれ這いあがれと 自分を呼びながら 呼びながら
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posted by tuto at 18:24| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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