一日一日が君たちにとって、
どんなに大切な一日だったとしても、
無制限にぜんぶ思い出す、ということは出来ないものね。
哀しいけれど仕方が無い。
そこで、わたしたち人間は、物事を抽象化する、ということ
をしなくては ならないんだ。
この宇宙のことを、全部。
全部、この、腕の中へ取り込んでみたい。
でも出来ない。
で、全体のことを一生懸命考えながら、
出来る範囲のなかで、精一杯、誠実な答えを出してみる。
なかた君の答え。25分 45秒。
ほら、初めの答えとすっかり変わってしまったよね。
君の流した汗の分だ。
普通の人の15分と、この違い。
これが、君の、君自身の、かけがえのない個性なんだ。
誰にでも誇って良い、個性なんだ。
ぼくたちがふっとんでいたとき
ぼくたちがふっとんでいたとき
きみはほんとうに
地平線のかなたの蒙古高原に
腰をおろしながら
羊たちの群れが大きくうつった
満月のシルエットをながめていたのか
ぼくたちがふっとんでいたとき
ほんとうにサモトラケのニケは
あの大理石の殻をはがし
ルーブル美術館の回廊から
太陽への懐かしみを捨てきれず
エーゲ海に向けて飛び立ったのか
おとなたちとこどもたちほど
世界はひろいと必ず言うのだ
それならばこえをきかせてくれ
本当にききたいのかはぼくにもわからない
たとえば
焼けつく野火のまんなかで
喉がかわいたくるしさや
しぼみゆく目の干塩などを
舐めさせようとする
かのたくらみに
ことばが一枚噛んでいるなら
ぼくたちはききたくない
やさしくつつむこえでもなく
きびしくささるこえでもない
ひろびろとしたせかいを
わたりつづけようという鳥たちのこえのように
ひびきだけをきかせてくれ
ほんとうに ほんとうに
ぼくたちがふっとんでいるとき
きみはどこにいたのかを
洗面器
(僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、 ・僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思つてゐた、ところが、爪哇(ジヤワ)人たちは、それに羊(カンビン)や、魚(イカン)や、鶏や果実などを煮込んだカレー汁をなみなみとたたへて、花咲く合歓木(ねむ)の木蔭でお客を待つてゐるし、その同じ洗面器にまたがつて広東(カントン)の女たちは、嫖客(へうかく)の目の前で不浄をきよめ、しやぼりしやぼりとさびしい音を立てて尿(いばり)をする。)
洗面器のなかの
さびしい音よ。
くれてゆく岬(タンジヨン)の
雨の碇泊(とまり)。
ゆれて、
傾いて、
疲れたこころに
いつまでもはなれぬひびきよ。
人の生のつづくかぎり
耳よ。おぬしは聴くべし。
洗面器のなかの
音のさびしさを。
知ってるかい忘れてはいけないことが
何億年もむかし星になった
どんな時代のどんな場所でも
おんなじように見えるように
覚えたり教えられたり
勉強したりするんじゃなくて
ある日突然ピーンときて
だんだんわかることがある
ガードレールを跳び越えて
センターラインを渡る風
その時その瞬間
ぼくは一人で決めたんだ ぼくは一人で決めたんだ
今日からは歩く花
根っこがきえて足がはえて
野に咲かず山に咲かず
愛する人の庭に咲く
普通の星の下に生まれ
普通の星の下を歩き
普通の街で君と出会って
特別な恋をする
ガードレールを跳び越えて
センターラインを渡る風
その時その瞬間
ぼくは一人で決めたんだ ぼくは一人で決めたんだ
今日からは歩く花
根っこがきえて足がはえて
野に咲かず山に咲かず
愛する人の庭に咲く
愛する人の庭に咲く
愛する人の庭に咲く
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