2010年02月20日

greeuh

これはやばい。



上映中、映画館の肘掛けを思い切り叩きたくなる衝動をずっと堪え続け、血が滲むほど指を噛んでしまった。好きな映画は数あれど、これほど魂が揺さぶられる映画を観たのは初めてかもしれない。好きになったあの子も、大嫌いなあいつも、不甲斐ない自分も、全ての奴を殴りに行きたくなるし、YOU演じる風俗嬢とほのかに煙草の味がするキスをしたくなる。一言で言えばそんな映画だ。もしこの世に「破壊していい映画館」というのがあったとしたら、自分は何のためらいもなくメチャクチャにしただろう。この映画を見るのはマジで辛すぎる。でも辛すぎるがゆえに傑作だとも思う。




※以下ネタバレあり



主人公の田西にヒロインのちはるがしたことは本当に許されることじゃないし、「そんな女殴っちまえ!」って誰でも思う。当然だ。でもそこで「殴っちまえ!俺なら殴る!」って言えるような人間なら、この映画にそこまで魂を揺さぶられることはないんだろう。好きになった女の子がどんなに性悪で愚かだったとしても、その子のために何かできることを探してしまうような、そんなどうしようもない人間のためにこの映画はあるんじゃないか。別にそれが美しいとか立派だとか言いたいんじゃなくて、気持ち悪いことにどうしてもそうなってしまう、そういう悲哀の部分を誰かにわかって欲しいっていう、最後に別れの駅で田西がちはるに言いたかったことはそういうことなんだ。それが台詞的には「何で俺とはセックスしてくれないんだよ!」ってなっちゃうんだから、もうほんと、あまりの激痛に大声で叫びだしそうになりましたよ。精神状態次第(フラれた直後とか)では、発狂していてもおかしくない場面だったと思う。



カップルで観に来ていた人たちもいたけど、もし観終わった後に彼女が「田西君みたいな人って素敵」、「ちはるみたいな女ってサイテー」とか言ったらと考えると恐ろしい。それはマジで何にもわかってない発言だと思う。そういう上っ面の話をしてんじゃねぇんだよこっちは! でもその感想が間違ってるわけではないし、何に対してそんなに腹が立つのかはわからない。ただただ何か大切なものを汚された気がするだけだ。だからこの映画に共感できちゃう人間っていうのは、ほんと生きてて損ばっかりする奴等だと思うし、この映画の感想を女の子に求めるべきじゃない。特に好きな女の子には金輪際、その存在すら知らせない方がいい映画だと思う。



それにしても凄い作品が生まれてしまったものだ。劇中に出てくる「タクシードライバー」も童貞映画の金字塔だが、舞台が現代だけにこちらの方がより胸に迫ってくる。もうほんとに、ほんとにほんとに観ていて辛い映画だが、何故か「ロッキー」を観た後のような高揚感、全能感もあった。やってやらなきゃ、いけ好かない奴等に一発食わえてやらなきゃって感じがした。



レイトショーの終わった映画館を出て、思わずボーイズオンザランニングしたくなったけど、一緒に出てきた人たちに「あ、あいつ(笑)」って思われるのが嫌でできませんでした。
posted by tuto at 17:20| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月11日

1965年10月26日、16歳の少女SYILVIA LIKENSが死んでいるのが発見された。既に呼吸が停止しているという少女についての通報をうけ、警察が家に到着した時、シルヴィアは地下室のマットレスの上に横たわっていた。彼女は尿でずぶ濡れになったベットに半裸で横たわっており、その身体は、無数の傷痕、火傷で覆われていた。そして彼女の腹の上には「i am a prostitute and proud of it(私は売春婦、そしてそれを誇りに思う)」と刻み込まれていた。
この家の所有者はガートルード・バニシェフスキー。ガートルードはこうなったいきさつについて、こう説明した。シルヴィアは、妹のジェニーとともに夏の間この家に泊っていたが、家を勝手に抜け出し、数人の少年たちに襲われ、家についた直後に死んだ、彼女は自らこの結果を招いたのだ、と。しかし、妹のジェニーの話は違っていた。
それはバニシェフスキー家の金銭問題に始まった。ガートルードは家を守りながら7人の子供を同時に扶養していた。インディアナポリス・モーター・スピードウェイでソーダを売ることと、前夫からの養育費で生計をたてており、食事は缶詰のスープで、ストーブがなかった為に、それをホットプレートで暖めていた。
ガートルードはフロリダサーカスの旅行に出ていたLIKENS夫妻の子供のベビーシッターを、週給20ドルで引き受け、姉妹は1965年7月にバニシェフスキー家にやってきた。夫妻のベビーシッター料の支払いが最初に遅れた時、彼女はシルヴィアとジェニーに暴力を加えることに決めた。彼女らを殴りながら、バニシェフスキーは「タダであんたの淫売をなおしてやる!」と叫んだ。支払いが翌日に行われても、ガートルードは暴行をやめなかった。次の三ヶ月の彼女の残虐行為は並外れていた。手で打つことから、オールやベルト、木の板に変わった。
彼女はシルヴィアに集中して暴力を振るうことに決めた。彼女を虐待するために人員を補充した。最初の助手は、彼女の子供のうちの二人で、当時15歳のポーラと12歳のジョニー。それから何人かの近所の子供が加わった。彼らのひとりは、彼女をサンドバッグとして使い、何度も何度もコンクリートの壁に叩き付け、階段下まで叩き落とした。時にはガートルードの手伝いもした。ガートルードの意向で、彼女の肉に、150回以上にわたり煙草の火を押し付けた。しかし、最悪の事体はまだ起こっていなかった。
シルヴィアがある夜、マットレスの上で失禁した時、地下室は彼女の監獄となった。彼女は食事を奪われ、自分の尿と便を食することを強いられた。そして裸にされ、はやしたてられ、無理矢理膣にコーラの壜を差し込まれた。さらに、彼女は熱く焼けた針で、シルヴィアの腹部に単語を刻み込むことに取り掛かった。
シルヴィアは隣人の注意をひこうとし、コンクリートの床に打ち倒されて死亡した。ガートルードは裁判で終身刑の宣告を受けたが、1985年に仮釈放された。
posted by tuto at 15:43| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月06日

posted by tuto at 00:35| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 

posted by tuto at 00:12| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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