2005年09月29日

メールありがとっ☆

15歳にしてはひどく鈍感な精神をもった田村カフカは、自分の内なる恐怖がなんなのか、まだよくわかっていない。予言を「呪い」と考えてしまうところに、彼の精神的幼さがある。逃げていることに気づかず、「冒険」だと考えてしまう幼さ。物語の最後でようやくカフカは中野に戻ることを決意するが、この物語は本来なら、恐怖から逃げ出す話ではなく、それに立ち向かう話として、高松から中野へ向かう逆のベクトルで始まるべきだったんじゃないのか?

「僕」の父親は若い頃、カナダの山中で仲間とともに熊に襲われる。もう逃げられない、と悟った瞬間に、先を逃げていた仲間が転倒し、熊がそちらを狙う間に逃げおおせた父は、その後、熊のいた場所にわざわざとって返す。なぜか。
 「恐怖を消し去るには、その源の場所に、すぐに戻らねばならない」
 熊のいた場所に父が戻ったのは、仲間を助けるためではない。一生このまま、熊に対して感じた恐怖を抱えたまま生きていくのが嫌だったから、父親は「その場所」に戻った。そして恐怖を克服した。
 その話を思い出し、「僕」はこう自らに問いかける。
 「恐怖とは一体なんだろう。恐怖とは、一体何に対して感じる感情なんだろう」

村上春樹はいまだに同じところをグルグル回っている。何かを「めぐる」冒険ばかりで、結局は本質的な部分まで踏み込んでいない。肝心なところを「森」という言葉でごまかすのは、大江健三郎だけにしておけばいいのだ。

単純な家庭崩壊劇はもうたくさんだ、俺は家族を崩壊させないままで、暴力に満ちたリアルな世界を生き抜くための倫理を描くという彼の叫びが聞えてくる。そのためには、子どもはまず、みずからの内なる恐怖心を乗り越えなくてはならない。そうすることが、親を乗り越えることなのだ。
 親を乗り越えたその先にだって、もっとめんどくさい人生がまっている。「熊の場所」に続く、「バット男」「ピコーン!」、そして「群像」にその後発表された「鼻クソご飯」で、舞城は村上春樹がまだいちども描き得ていない「恐怖とは一体何に対して感じる感情なんだろう」という問いへの答えを、さらに模索しつづけている。

十代の後半という大人と子供の狭間にあって、大人の経験・感覚を既に持つ者とそうでない者の埋められない差。あなたには結局この事件の核心が見えていなかった。ロジックの遊戯にうつつを抜かしていただけで、殺された中町君のことなんて本当は眼中にもなかったのよ。
(略)あなたは今日の事件で自分こそ主役みたいなつもりでいるんでしょうね。それが馬鹿だというのよ。あなたは最初から最後まで舞台の縁をうろつくだけの脇役にすぎなかった。狂言回しの道化なのよ。(略)道化は何ひとつ学ぶことはないわ。ただ傍観するだけ――ここで指摘された名探偵の存在の空虚さは、のちに法月氏が『頼子のために』以降で提示した後期クイーン論的問題にも通ずるものがある。ラスト近くで広瀬(西村)氏が林太郎(綸太郎)に窓を開けてくれるように頼むシーンもある。このシーンは、それまで傍観者として事件を解決する存在であるはずの探偵が、事件に深くかかわってしまったことを印象づけた。真相を(――この際、それが「本当の」真相であるか否かは問題にならない。たとえば彼と彼女たちの言葉にない新たな真相が隠されているとしても、それは二人にとって今は問題ではなく、その時点で話された事が「事実」として認識されているからだ――閑話休題)伝えたあと、去っていった吉沢を、工藤が後を追うという形で、本編は幕を閉じる。ここで終わっていたならば、それは普通にクセのある本格ミステリとして、認識されていたかもしれないが、そのあとページが変わり、次のような文章が記される。

  コーダ
   〜あとがきにかえて〜

 拝啓。
 春一番も吹いたというのに、また雪が降りました。
 二月二十七日に寮を出たのですが、掃除が残っていたために、三月十二日(月)に帰寮したところ、丁度手紙が届きました。
 理解しようと努力はしましたが、結局わけがわかりませんでした。
 ただ私は貴方のことを同窓生の一人としか考えていません。
 素っ気のない文章になりましたが、もう書くべきこともないように思われるので、これで失礼します。

かしこ  

 ここで読者はいきなり突き放される。そこには説明もなにもなく、ノベルス版では島田荘司氏による「薦」が、文庫版では新保博久氏による解説が挿入されて終わる。
 作者はそれまでまがりなりにも小説を書いてきたことを、ここでいきなり放棄したようにもとれる。
 実際どういう意図があってこの「コーダ」が入れられたのか、本当のところは作者にしか分からないし、著書として発表された以上、判断は読者の手にゆだねられる。
 では、これはどう読み解いていけばいいのだろうか。

 しかし、そこでもまだ、矛盾は生じている。なぜなら、小説に書かれているのが実際に起きた事件であるなら、それは吉沢にとっては(先ほどの告白の手紙の場合と同様)自明のことであり、「わけがわからない」と思うことはない筈だ。
 では、あくまで手紙中の「わけがわからない」とあるのが事実ならば、逆にその前にある小説の部分には、吉沢にとっては自明ではない事柄がかいてあったとしか思えない。つまり、小説『密閉教室』に書いてあることは、「コーダ」の手紙中の吉沢にとっては身に覚えのないことだったのだと考えられる。
 本当は、工藤と吉沢は、高校時代に『密閉教室』で描かれているような事件には遭遇していないのだ。あるいは、すべてが嘘だとは言えないまでも、少なくとも工藤が吉沢に恋心を抱いていることに吉沢が気づいていると匂わせる部分の記述は、実際にはなかったことなのではないだろうか。
 そう考えることで、ある程度は説明がつく。小説『密閉教室』は高校を卒業した工藤が何年かの後に書いて、吉沢に送ったものだと。その内容は、彼らの高校時代をモチーフにした、しかし純然たるフィクションで、しかし少なくとも工藤と吉沢にあたるキャラクターの描写は、本人たちが読めば当人とわかるものなのだろう。そのフィクションのなかでは工藤が吉沢に思いを寄せている。そして工藤は小説の中の事件を解決はできずに、ただ傍観するだけ――。
 小説本体としてはミステリの形式をとっているけれど、これはある意味工藤自身のほろ苦い青春の思い出なのだ。おそらく実際の工藤の高校生活は、吉沢と言葉をかわすことがあっても、それは小説の中のようなものではなく、「ただ傍観するだけ」で終わってしまったのではないか。それを数年経ったあと、何故小説として書いて吉沢に送ったのか、それは謎のままだが…。
後のインタビューなどで法月氏は再三、この作品で作家になるつもりはなく、「青春の思い出」として書き上げ、その後は社会人としてまっとうに働いていくつもりだった、と言っている。
 この「コーダ」が表していることは、ここにあるのではないか。真相がいずれにあるにせよ、「コーダ」として、小説を書いた人物Bと、Bの青春時代の思い出、ある意味象徴でもあるAとを登場させることにより、この作品は本格ミステリであることを投げ出して、青春の一ページとしての断片でしかなくなってしまった。いや、敢えてそこに本格ミステリをも取り込むことによって、ミステリと自分の関係に終止符を打とうとしたのではないか。だからこそ、物語の最後で探偵役の工藤はもはや、探偵ですらなくなってしまった。それは作者がはじめから、意図して剥奪した役割なのだと。
 すべてを「青春の思い出」に封じ込めようとした。それはある種、青春小説としての役割も担っている。だから、この物語は、青春小説であり、かつ本格ミステリのエッセンスも、凝縮されているのだ。


倫理は個人レベルで担えるものではない。現代においては超越者に根拠をおく倫理や、個人の内部だけに根拠をおく倫理は、すべて狂信だ。そういう意味では麻原彰晃はものすごく倫理的だったし、酒鬼薔薇だってバモイドオキという個人神との関係においては完璧に倫理的だったのだ。神という絶対者との関係に立脚していた倫理を、どうしたら人と人との関係に組み替えられるか、ということだけが現代的な課題なんだと思う。それを判断できない立場におかれたウエハラは、自らの殺人行為を止められる倫理を内部にはもっていない。殺人ははウエハラにとって救いにはならない。これは、ひきこもりが殺人によって解放される、という話ではなくて、まともな人間関係が存在しない状態では、人はひきこもろうと社会に出ようと、生きることができないというリアルな寓話だと思う。
 5年越しでようやく完結した望月峯太郎の『ドラゴン・ヘッド』も、少年犯罪をめぐる知識人たちの議論に象徴される不毛とはまったく別の次元で、いまの時代の子どもたちのリアリティを描き切ることができたと思う。恐怖を克服したい、という意志。いま子どもに必要なのは、なによりもそのための勇気なのだ。徹底して絶望というものを描かなければ、勇気も意志も生まれない。、「恐怖は克服できる」――なぜなら、恐怖のもとは無知であり、無知は関係の欠如から生まれるものであり、大人になるということは言葉によって関係を生み出すことで恐怖を克服することだからだ。「恐怖を克服しなくてなんの人間か。いかに世が混沌へ成り行こうと、それを直視する冷静をもたなくて、なんの人間か。”態度”はもうはっきりしている――私にとって、このことは変わらないのである」。当たり前のことだけど、ここからスタートするしか、ないんじゃないか。


君の鳥は歌を歌える

、『アンダーグラウンド』を出したことで「市民的常識」と「そこから逸脱するもの」との間の緊張感を失って、完全に「常識」の側に実を置くことを彼が選択したのだと思ったからだ。宗教テロを肯定するかどうかではなくて、作家の想像力の問題として、市民的常識の側に身を置き、逸脱する存在を糾弾するというのは許せない気がしたからだ。でも、そのあとの『約束された場所で』あたりの言動を見ているうち、村上春樹はたんに、自分には確固たる足場がないことにけっこう自覚的で、作家として行き詰まっていることを正直に認めてるような気がした。

マンガやロックでさえ簡単に模倣できるような「ブンガク性」などというものは、結局文章の力ではなく、感傷の質でしかなかったのだから。今の時代を「寂しい」と表現してしまう村上龍は、だから、やっぱりまだ、近代文学なのだとぼくは思う。
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2005年09月25日

過酷な状況に突き落とせと言う訳じゃないが、甘やかすとロクな事はない

中央図書館 昭和45年4月開設
【ご案内】
賑やかな「竹下通り」の中程を左に折れると閑静な東郷神社の敷地に入ります。
山手線「原宿」駅から徒歩4分のところです。
区内最大の蔵書数に加え、参考図書の充実を図り、調べもの及びレファレンスに対応できるようになっています。
また、国際化時代に対応すべく、英米語を中心とした外国語図書コーナーも設置されています。所在地 〒150-0001
渋谷区神宮前1-5-34
TEL 3403-2591
建 物 鉄骨鉄筋コンクリート造
地上4階 地下1階
3,440u
座席数 425席
所蔵資料 一般書 160,622冊
(うち外国語図書7,497冊)
児童書 17,754冊
開館時間 日・月曜日/祝休日 9:00〜17:00
火曜日〜土曜日 9:00〜20:00
休館日 *偶数月の第1月曜日
*第3木曜日(館内整理日)
年末年始・特別整理期間






都立多摩図書館
→公式サイト

最寄駅 JR中央線:西国立 多摩モノレール:柴崎体育館

駐車場 無料

住所 立川市錦町6(多摩教育センター内)
TEL 042-524-7186

開館時間
月-金  9:30〜19:00
土日祝 9:30〜17:00





立川市中央図書館

最寄駅 JR:立川(徒歩6分)

駐車場 220台(公共駐車場)

住所 立川市曙町2 ファーレ立川・センタースクエアビル内
TEL 042-528-6800



自分の物差しでしか考えられないんだよな
自分の知ってることやってることは当然でそれ以外は異常みたいな
posted by tuto at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

社会全体で取り組まないといけないという風潮が出来上がってしまったら、それこそ就業意欲の無い連中は「社会が何もしてくれない」という言い訳を使ってニート化していく、働かなければ生きていけない状況にならなければ堕落した連中は動かんよ

SEXについての認識のび家
のび太「ママ〜SEXって何〜?」
ママ「…………………花火のことよ」
のび太「へ〜、じゃあしずかちゃんとSEXしてくる!」
ママ「ちょ、ちょ……のび太まちなさい!」
>>のび太自宅出発
のび太「ジャ…ジャイアンだ」
たけし「きさま何している」
のび太「これからしずかちゃんとSEXするんだ!」
たけし「のび太………これ持ってけ」
のび太「何これ?」
たけし「コンドーム」
のび太「あぁ?」
たけし「まぁ頑張れ、さよなら〜」

>>のび太シズカ亭到着

のび太「しずかちゃんSEXしよ〜」
しずか「えっ!?」
のび太「だぁから〜SEXしよ〜」
しずか「まだ正午」

のび太「そうだよね夜やるもんだよね」

しずか「当たり前じゃん」のび太「じゃあ今日の午後8時に空き地でしよ〜」
しずか「えっ!?野外!?」
のび太「もちろん、屋内じゃできないよ。ところで今まで何回くらいやったこ
とある?」
しずか「実は初めて」
のびた「うそ〜、ボクなんか毎年やってるから100回はゆうにこえるよ!夏
場なんかしょっちゅうやってるからね」
しずか「すごいね」
のび太「うん大好きなんだよ。あの爆発した瞬間の輝きが何ともいえないよ」
しずか「やだ〜」
のび太「どれくらいやる?」
しずか「1時間くらい?」

のび太「1時間は長いよ。30分で20発は余裕だよ!」
しずか「すごーい。ところであれって熱いの?」
のび太「あたりまえじゃん、メチャクチャ熱いよ。触ったら火傷するよ」
しずか「え!!!そんなの発射するの!?
…そういえばあれって白色だよね」
のび太「いや、いろんな色があるよ」
しずか「えっ!?」
のび太「黄色とか赤とかいろいろあるよ」
しずか「黄色は確かに出るけど………………赤は危険だよ」
のび太「そうかなぁ〜色と危険は関係ないよ」
しずか「じゃあ今日はピアノのレッスンがあるからまたあとで」
のび太「さよなら〜」
のび太無事帰宅。
のび太「ドラえも〜ん」
ドラ「てめえ何してた!?」
のび太「しずかちゃんとSEXの約束」
ドラ「マジ!?」
のび太「ドラえもんも一緒にやる?」
ドラ「もちろん!
…3Pかぁ〜」

のび太「やっぱりSEXはみんなでやったほうが楽しいもんね!!」
ドラ「なかなか言うじゃないか…」
のび太「ろうそくも忘れないで準備しないと」
ドラ「おま…ちょ…wろうそくってw」
のび太「だってろうそくが無いと燃えないだろ?」
ドラ「すげえな。ちょっと俺にはついていけないかも」
のび太「行かないの?変なの」
ドラ「お前に言われたくないってw」
のび太「まあいいや。パパにライター借りてこよ」

>>茶の間にて
のび太「パパ〜。ライターかして」
パパ「何に使うんだ?」
のび太「しずちゃんとSEXするのに」
パパ「いかんいかん!!まだ子供じゃないか」
のび太「なんで!?パパは子供のときSEXしなかったの?」
パパ「当たり前だ!!」
のび太「パパは古いなぁ。いまどき子供だけでSEXするなんて当たり前じゃない}
パパ「マジで!?」
のび太「大げさだな。たかがSEXぐらいで」
パパ「のび太!!パパは22歳までSEXはしなかったんだぞ!!それをお前…」
のび太「それ遅すぎるって」
パパ「な…」
ママ「ちょっとあなた。どういうこと!?私には初めてだって言ってたのに!!」
パパ「や、それはだね。君ィ」
のび太「それなら、パパとママも今夜SEXすればいいじゃない」
パパ「よーし、パパがんばっちゃうぞ」
ママ「あらやだ、あらやだ」

>>再びのび太の部屋
のび太「あ〜あ、夜まで待ちきれないや。先に一人でやっちゃおうかな〜」
ドラ「あんた、強すぎw」
のび太「ドラえもんホントに行かないの?」
ドラ「いいっていいって。俺じゃ役不足だ」
のび太「なんだ、みんなでやると楽しいのに…」
ドラ「まだ言ってるのか。よっぽど好きなんだなw」
のび太「じゃ、またみんなでやろうよ。ドラミちゃんとかも呼んでさ…」
ドラ「てめ、ふざけんなよ」
のび太「何怒ってるのさ?」
ドラ「何考えてんだ?俺の妹だぞ!!」
のび太「変なやつだな…。わかったよ。
    じゃ、ドラミちゃんとは君が一緒にSEXすればいいじゃないか」
ドラ「………なんでもありかよ……」
のび太「いいよ、僕はセワシくんでも呼ぶからさ!!勝手にすねてれば?」
ドラ「孫も!?」

>>のび太空き地へ
のび太「今日のドラえもんなんか変だよな〜」
のび太「あっ。出来杉」
出来杉「どうしたんだい?ひとりで」
のび太「あ、まずいな…」
出来杉「何がまずいのさ?」
のび太「いや、その…。出来杉君も来るかい?」
出来杉「どこに?」
のび太「空き地。しずちゃんとSEXしようと思ってさ」
出来杉「え!?しずかくんと!?ナニ!?」
のび太「いや、だからSEXするんだ」
出来杉「……なんでまた空き地なんだい?」
のび太「当たり前ジャン。振り回したりするだろ?」
出来杉「振り回すの…」
のび太「振り回すさ」
出来杉「その…。他には…。」
のび太「なんだい。君もSEXしたことないのかい?
    他にも派手に飛ばしたり色々さ」
出来杉「飛ばすんだ…」
のび太「飛ばすさ」
出来杉「あの…まさか顔に飛ばしたりとかは…」
のび太「まさか。絶対しずちゃん怒るよ」
出来杉「だよね〜」
のび太「ジャイアンとスネオだったら顔めがけて飛ばしてやるんだけどな〜
     げっはっはっは!!」
出来杉「ガクガクブルブル」
のび太「で、来るかい?」
出来杉「勘弁してくれ」

>>のび太家に戻る
のび太「大体にしてお金も持って来てないんだった。小遣いもらおうっと」
スネ「待て!!」
のび太「スネオじゃないか。なんだい?」
スネ「貴様、しずちゃんとSEXするって言いまわってるそうじゃないか」
のび太「なんだ、知ってるんだ。君もしたいのかい?」
スネ「当たり前だろ」
のび太「ちょうどよかった。君も少し協力してくれるよね?」
スネ「なにが」
のび太「ちょっと小遣いが足りなくてさ」
スネ「え……。金払ってやるの?」
のび太「そりゃそうだよ。ただでSEXは出来ないさ」
スネ「信じられない…。しずちゃんが…。そんな」
のび太「なんだい、金持ちなんだしケチケチするない」
スネ「その…いくら出せばいいんだ?」
のび太「そうだな、二千円もあれば十分楽しめるさ」
スネ「安!!おまえ、いつもしずちゃんとしてたのか?」
のび太「しずちゃんとは初めてだよ」
スネ「とは!?」
のび太「いつもは大人と一緒にすることが多いからな〜」
スネ「あのさ、俺混じってもだいじょぶ?馬鹿にしない?」
のび太「なんだ、君も初めてなのかい?
    大丈夫、うしろから狙ったりしないから」
スネ「……できればそうしてくれ」
のび太「じゃ、どうせだからジャイアンも呼ぼうか。
    日ごろの恨み。ふたりでジャイアンめがけて飛ばしまくろうよ
    お尻ぐらいだったら怪我しないでしょ」
スネ「ごめん。オナカ痛くなってきた」
のび太「なんだよ。じゃ、トイレ行って全部出してきちゃえよ」
スネ「……」

>>そのころ剛田家では
たけし「のび太のやつ…。しずちゃんとSEXしてるかな…」
クリ「おにいちゃん。SEXってなに?」
たけし「聞いてたのか!?」
クリ「SEXってな〜に〜?」
たけし「その…なんだ…。アワビにきゅうりをだな…。ちがうか?」
クリ「なんだかおいしそう…」
たけし「そ、そう。SEXってのはとってもおいしいんだよ」
クリ「わ〜。あたしも食べてみたいな。SEX」
たけし「ちょ…。声が大きいそ。ジャイコ」
クリ「カアチャンに頼もうよ。今日の夜はSEXにしてねって」
たけし「おま…、ちょ…」
母「たけし!!ナニ騒いでるんだい!!!!」
クリ「かあちゃん今日の夜はSEXにしてね!!」
母「とうちゃんに聞いてみないとなんとも言えないね」
たけし「………マジレスかよ」

>>のび太コンビニに向かう
のび「とりあえず二人しかいないからな〜。どれぐらいで足りるだろ」
先生「のび君。こんな時間に何しとるのかね?」
のび「せ、先生…。いや…その…」
先生「今日で夏休みは終わりなんだぞ。宿題はもちろんおわっとるんだろうな?」
のび「はい…。いえ…」
先生「どっちなんだね。まったくいったい何をしとるのかね?こんな時間に…」
のび「あの、これからしずちゃんとSEXをしようかと…」
先生「そうか、SEXもいいが…!?せ、セックスゥ?」
のび「あの、いえ…。そうなんです。別に遊びってわけではなく…」
先生「遊びだって!?」
のび「ち、違います。そう!!宿題!!自由課題がまだ終わってないんですよ」
先生「な…」
のび「だから…。そう!!僕の研究テーマはSEXなんです!!
   SEXの起源とか、日本人はなぜSEXが好きなのかとか、
   世界のいろいろなSEXとか、色々調べて発表しようと…」

先生「…で、しずかくんは同意したのかね?」
のび「そりゃもちろん。喜んでましたよ。一時間はやりたいって」
先生「わかった。それならば仕方ない。明日には間に合うんだろうね?」
のび「そりゃもう。なんなら徹夜でやりますよ」
先生「若いな〜」
のび「それじゃ、僕はこれで」
先生「ちょっと待て!!教育者としてひとつ聞いておきたい!!」
のび「なんですか?」
先生「君は、SEXが好きかね?」
のび「はい、好きです」
先生「心のそこから大好きかね?」
のび「心のそこから大好きです!!」
先生「わかった。疑ってすまなかった。期待しているぞ」
のび「はい!!」
先生「あ、君ん家でするの?」
のび「いえいえ、空き地でします」
先生「ますます感心じゃないか」
のび「それじゃ、さよなら〜」

>>のび太の携帯鳴る
のび「あ、もしもし。しずちゃん!?」
しずか「あ、のび太サン?今夜のことなんだけど…」
のび「あ、それなら今準備しようとしてたところ」
しずか「それがね…。今日は月に一度お食事会の日だったの」
のび「え〜〜。てことは…」
しずか「ごめんなさい。すっかり忘れてて。興奮しちゃってたから…」
のび「わかった。しょうがね〜な。
   まさか、ジャイアンたちになんか言われたんじゃ」
しずか「そんなことないよ」
のび「ま、いいや。仕方ないからドラとでもするよ」
しずか「ドラちゃんと!?」
のび「だって、もうすっかりやる気だったもん。がまんできないや」
しずか「ごめんなさい…。ところで、どうやってやるの?」
のび「どうやってって?」
しずか「いや、どこにいれるのかな、と」
のび「あ〜。発射するときのことね。適当に穴に突き刺すんだよ」
しずか「どこの?」

のび「穴だったら何でもいいよ。なにもなきゃ、地面に突き刺したっていいしね
   空き瓶なんか使っても…」
しずか「地面に瓶!?」
のび「うん。オロCぐらいがちょうどいいかな。安定するしね」
しずか「あ、そこは意外に普通…」
のび「やっぱオロCくらいがちょうどいいよね」
しずか「やん。のび太さんのエッチ」
のび「なにいってんの?」
しずか「これ以上言わせないでよ」
のび「2、3本まとめてやっても迫力あるよ〜」
しずか「ドラちゃんすごいね」
のび「男同士だと、結構燃えるからね〜。お互い打ち合いになっちゃったり」
しずか「……」
のび「ときどき間違って自分の顔とか目掛けて飛んできちゃったりしてさ〜」
しずか「ガチャ。ツー、ツー」

のび太家路へ
のび「あ〜あ。なんかどうでもよくなっちゃったよ」
たけし「あっ。のび太」
のび「あ…」
たけし「で、どうだったんだよ。しずちゃんと」
のび「いや、それがね…。月に一度の大事な日だからって…。
   今日はやめにしたんだ」
たけし「月に一度の…。あ〜。あれか」
のび「どれ?」
たけし「あれだよ。あれ。わかってるくせによ〜」
のび「よくわかんないけど、がっかりだよ」
たけし「ま、気にすんなって。あれじゃしかたねえよ」
のび「やけに優しいな…。まさか僕に隠れてほんとはみんなでSEXするんじゃ…」
たけし「なんだと?」
のび「だっておかしいじゃないか」
たけし「てめぇ、俺たちをうそつき呼ばわりすんのか?」
のび「だって…。だって…
   しずちゃんだってああ見えて結構口がうまいほうだし…」
たけし「お口もか!?」
のび「うん」
たけし「うまいのか?」
のび「案外…」
たけし「う〜ん。俺はモーレツに興奮してきたぞ!!」
のび「ま、スネオほどじゃないけどね」
たけし「スネオもうまいのか?」
のび「そりゃーもう。いつも痛い目にあってるさ」
たけし「痛いのか…。それもありかもなぁ」
のび「ま、君も気をつけなよ」
たけし「俺、スネオん家行ってくる」

>>のび太帰宅
のび「ただいま〜」
ドラ「おっ。早いじゃん」
のび「結局中止だよ」
ドラ「おめぇ、なんか変なこと頼んだんじゃないのw」
のび「しょうがない。ドラえもん一緒にSEXしようか」
ドラ「だからwしないって」
のび「なんだよ。みんなして断ってさ
   あ〜あ。おばあちゃんが生きてたらきっと優しく一緒にSEXしてくれたろうな…」
ドラ「…おまえって…」

>>翌朝
ドラ「起きろや!!今日から学校だろ!!」
のび「あ〜!!宿題全然やってない!!」
ドラ「どうせいつものことだろwあきらめてさっさと行ってこいw」
のび「SEXの課題も忘れてた…」
ドラ「そんな課題あんのかよ?」
のび「いや、自由研究」
ドラ「自由過ぎだろ…」

>>のび家ダイニング
パパ「いやいや、昨日の夜はすごかったね、ママ」
ママ「もう…。言わないって約束したでしょ…」
パパ「はっはっは。すまんすまん。なんなら今夜も…」
ママ「ええ!?」
パパ「なんだい、そんなに驚かなくても…。まるで僕が不能者のような…」
ママ「そうじゃないのよ。これ…」
パパ「なになに…。小学校教諭、トラックに轢かれて死亡…」
ママ「これ、のび太の学校の先生じゃ…」
パパ「そういや、昨日やってる最中にやけに電話なってたよな」
ママ「だってあなたが『このまま四つんばいで電話取りに行け』なんて言うから…」
パパ「君だって『まだ抜かないでって』って…」
ドラ「……親もこれか……」

>>のび太学校に到着
のび「ああ、どうしよう。また怒られる…」
しずか「あっ。のびたさん、昨日はごめんなさい」
のび「いや、それはいいんだけど…。
   また立たされちゃうよ…」
しずか「えっ!?朝から勃つの?」
のび「そりゃもう。間違いないよ。へたすりゃ今日一日たってることになるかも」
しずか「体育倉庫で…」
のび「ん?」
しずか「いや、なんでも…」
スネ「おい、緊急生徒総会だってよ。体育館集合だ」

>>体育館にて
校長「えー。すでにご存知の諸君もいるかと思うが…〜中略〜
   そういうわけで、生徒諸君の心のケアを優先し…」
のび「なにいってんだ、あのハゲ」
たけし「馬鹿!!聞いてなかったのか!?
    先生しんじまったんだぞ!!」
スネ「しずちゃんも知らなかったのかい?」
しずか「ええ…。あたしの家も夕べ帰ってきたの遅かったから…」
のび「……ってことは宿題は?」
出来杉「それどこじゃねーって」

>>午後PTA説明会にて
役員「説明してほしいザマス!!」
教頭「いえ、ですからなぜ彼が下半身を露出して空き地にいたのかは…」
役員「亡くなってしまったとはいえ、そんな変質者を野放しにしていた
   学校の責任はどうするんザマスか!!」
教頭「はあ…。あくまで個人的な趣味に関しましては…。なんとも…」
校長「で、なぜ彼はそんな格好で?」
教頭「今のところ警察によりますと、夜中に空き地で下半身を露出して隠れていたところ
   職務質問をされ、空き地を飛び出したところで撥ねられたとしか…」
役員「なにをどうしたって変態には変わりないザマス!!
   謝罪と賠償を要求…」
校長「彼は警察の質問にはなんと?」
教頭「はあ…。生徒がSEXするから教育者として見届けに来たとかなんとか…。
   ま、どっちにしろ変態だったということで」
校長「うむ、変態だ」

>>>>
真性喪男のび太が本当のSEXの意味を知るのはずいぶん先の話です。
いつかあなたの街にも眼鏡をかけた男の子が
SEXの意味を尋ねにやってくるかもしれません
そのときは勇気をもって答えてあげてください
一人の偉大な教育者の勇気を無駄にしないためにも…
posted by tuto at 13:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月24日

ああああああああああああああああああああああああああああ

389 名前:爆音で名前が聞こえません 投稿日:2005/09/12(月) 22:59:49 ID:/Lxv6bps
ってか>>373、リンクサイトのリンクサイトだし。

390 名前:爆音で名前が聞こえません 投稿日:2005/09/12(月) 23:10:22 ID:yBwu6jsp
>>389
言ってることがよくわからないから
猿でもわかるくらい詳しくお願い。

391 名前:爆音で名前が聞こえません 投稿日:2005/09/12(月) 23:28:18 ID:6jnVuk4s
>>390
分りやすくストIIで例えるなら、
>>373のサイトは、リンクサイトのリンクサイトである、ってことだろ。

392 名前:爆音で名前が聞こえません 投稿日:2005/09/12(月) 23:31:44 ID:KkXw2UHd
やっぱストIIで例えると分かりやすいな。

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死について

好きな気持ちを打ち消しながら
恋のマウンド一人で降りる
背番号のないエースさ

Heartache

愛していると…
届かないけど
外野席から叫んでいるよ
背番号のないエースが
For you

you ロッカーシーツの
cry 伝言板で
君の名を見かけた〜YO〜

you 折れたチョークさ
cry ふと振り向けば  振り向いた〜君がいた〜

グランドを走って〜滑る
青い影滲んだ〜

ハートのA背中に隠しあいつの事をよろしく〜なんて
御人好しの強がりだよ〜ね ウォウウォウ

好きなキモチを打ち消しながら恋のマウンド一人で降りる
背番号のないAさ〜 
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市倉宏祐著/「和辻哲郎の視圏―古寺巡礼・倫理学・桂離宮」

夏、次女真菜が防火用水に落ち死亡。深刻なショックを受け1ヶ月間仕事がで きない状態が続く。
秋、長女加奈が防火用水に落ち死亡。深刻なショックを受け1ヶ月間仕事がで きない状態が続く。
夏、三女未菜が防火用水に落ち死亡。深刻なショックを受け1ヶ月間仕事がで きない状態が続く。
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市倉宏祐著/「和辻哲郎の視圏―古寺巡礼・倫理学・桂離宮」

奈良・京都の寺々を巡っていて、ぼくがいつも気になるのは「あの」和辻哲郎の著書『古寺巡礼』の記述から感じる動揺、というか興奮だ。『古寺巡礼』はまず和辻がアジャンター壁画の「熱国の強烈な色彩」に驚くところから始まる。そして、彼は絵画の官能性に陶酔し、風呂の享楽について語る。法隆寺を訪れた和辻はこんなことを書いている。「思えばこの種の大芸術は民族と文化の混融からきた一時的な花火であった。」寺や仏像のマテリアルな空間に関われば、当然生まれる認識だ。また、漢字と仮名文字について述べている箇所ではこんなことも。「固有の日本文化が外来文化を包摂したのではなく、外来文化の雰囲気のなかで我が国人の性質がかく生育したのである。この見方は外来文化を生育の素地とするという点において、外来文化を単に挿話的のものと見る見方と異なる。この立場では、日本人の独創は外来文化に対立するものではなく、外来文化のなかから生まれたものなのである。」しかし、こうした記述は和辻が文化的交通性を一気に「日本人の独創性」などといった固定的・実体的存在に還元してしまっていることも物語っているのだ。そもそも寺や仏像を眺めて自らの日本人性を再確認するとしても(悪い癖だ。ぼくもしばしばそうしてしまい複雑な気分になる)、それらを鑑賞するまなざしというのは「日本人」にとって本質的なものっだったかは怪しいと思う。(詳しくはわからないけど、乱暴に言ってしまえば、こうしたまなざしはフェノロサに代表されるような「西欧的」なまなざしを内面化したものなのではないだろうか?)ところで、5月の奈良・京都を汗を流しながら、こんな少々頭でっかちな「古寺巡礼」をしているぼくの耳のなかで多様な言葉が響きあっていた。日本語、英語、ポルトガル語、中国語、ぼくにはまったく理解できない言葉…。絵葉書やお土産を売っているおばあさんは、道を行くすべての人々に向かって等しく「ハロー、ハロー。」と呼びかけていた。



古い社寺を巡るのは好きだし、仏像や美術品を眺めるもの好きだ。
 だが、どちらかというとあまり背景を知らないまま、漫然とながめて「いいなあ」と言っている程度で、背景に興味がないわけではないのだが、見る前にしっかり予習するような殊勝な心得はない。
 が、基本的にこの手のガイドブック的な書物は好きで、ひょんなことで積読リストに連なって久しい、もはや古典とも言えるこの本を読み出した。
 手に入れたのはだいぶ前で、京都の古本屋で買った記憶がある。

 随想のようで紀行文のようで評論のような文章だった。評論というには、あまりにも直感的で、随想というには、あまりにも建築史・美術史学的に立ち入っている。著者は古美術への案内を兼ねた感想記だとことわっているが、くくりはどうでもよくて、とにかく読んでいて、こんな見かたがあるのか、こんな感じ方があるのか、と新鮮だった。
 中国や朝鮮は勿論、インドやギリシア美術にまで比較が及ぶスケールの大きさがすごい。
 ことに夢違観音とモナリザを対比して述べた部分は面白かった。モナリザには人類すべての暗黒が…という部分には、言われてみてはじめてだが、深く納得した。

 ただ反面、和辻哲郎の言葉とセンスは高尚すぎて、「なんだかよくわからんけどそんなもんかしらー」とどこか他人事のように受け止めてしまうところが、なきにしもあらず。
 特に美しさの要素に精神性を求める傾向が強く感じられるのだが、私にしてみれば、仏像のなかにはすごくセクシーなものが多いような気がするんだが。人がものを美しいと感じる要素に、セクシーさやエロティックさは切っても切り離せないものなんじゃないかと思う。
 どうも和辻さんには肉体よりも精神を、物質よりも思想を、形而下よりも形而上を至上とする傾向があって、理解はできるけれどもあまりに力説されると、私は天邪鬼なので、つい鼻白んでしまう。 確かに百済観音の人間によく似て人間では絶対にありえない造形には惚れ惚れとするけど、同時あれってにすごいスレンダー美人でセクシー、なんて俗気にまみれた私などは思ってしまう。

 ところで、前書きでも著者自身が言及していたが、大正時代に書かれたこの稿は一度改訂されている。今回読んだのも改訂版で、解説では何箇所か原文を引用して初版との相違点を比較していた。
 その上で著者自身も解説者も改訂版のほうがはるかによくなっていると評していたが、私は初版の文章のほうが好きだ。確かに初版の文章はお世辞にも冷静とは言えない。興奮のままに綴ったことがあらわで、熱に浮かされたルポタージュのようだと言えなくもない。が、その率直すぎる文章のほうが生気があって私は好きだ。著者が初版を低く評価するのは、文章が熱く振りまく一種の色気への気恥ずかしさからかもしれない。

 改訂版の文章は努めて冷静で、美術・建築の美しさをあますところなく表現しようという意思は強く感じるものの、それをさらに歴史的・学問的背景も包括して論じようという姿勢が貫かれている。
 ただ、いくら学問的裏づけをしたところで、ものを見てその価値を決定するのは人で、価値基準はその人の感覚なのだし、こと美術や建築に関して、感覚・感性に訴える文章であって何が悪い、と私などは思う。
 そのもの自体について知りたいのなら、ガイドブックだか随想だか紀行文だか評論だかよくわからない文章を読もうとは思わない。可能ならそのものを実際に見に行くし、背景が知りたいなら研究書を読む。
 文章を通してその人がどのようにものを見ているか知りたくて、文章を読むのだ。少なくとも私は。

http://www.lares.dti.ne.jp/~ttakagi/diary/diary/0401.htm#20040119
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2005年09月21日

ihouogoyidfturu

笑わせるタイプには2種類いて

ネタを豊富にもっていて状況に応じてそれを使い分けるタイプ

会話の中で笑わせるネタを的確に探し出し上手く笑いに誘導するタイプ

後者が圧倒的に女にモテる、会話の能力が半端じゃない
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ギムナジウム

目をとじて
君は殴られる
まぶたの裏に光がひろがる
目をとじて
君は抱きとめられる
しっかりと、やさしく

君の胸の中にある
白く、明るい、真四角のテニスコート
悲しみなんか額にかかった小さな影
君が動けば形をかえる

たとえば、祈りを胸に
どこまでいけるだろう
目をとじて
僕は殴られる
僕は
人間の体が意外に頑丈だという話を聞くと
うれしくなる
大学は、そっと未来に祈りをささげる場所

その僕の胸に立ち上がる あの体育館
僕は毎週 そこのプールで泳いでいる

僕は抱きとめられる
しっかりと、やさしく
神様に抱きしめられ
その腕の中のこの場所に
無作為にあつめられた僕たちは
であって チームを作り
二人一組になって ボールを投げたり 屈伸したりして
この施設の中で


希望は悲しみによく似ている
同じ方向にある
君は歩く、強い風の中を、顔を上げて、ゆっくりと、
まだ、見えていない景色について、規定するすべてを耐えているのだ
君の歩いている姿を見た人々はみな
いつのまにか見たこともない体育館の話を始める
夜の夢の中で
神様の荷物を運ぶ、神様を席まで案内する
座りやすいように神様のために椅子を引く
もし大学が人間だったら絶対首絞めてるね絶対
ドアを開け、神様を先に通す
あとは、神のみぞ知る

目が見えなくなり
耳が聞こえなくなり 口が聞けなくなって
全身がしびれ そのまま 殴られ続けるだけの
抱きしめられ続けるだけの

僕は残らない
空白の中にあの体育館だけが残っている

むこうの方で音がしたから、返事を返した
君が、見たこともないそれを覚えているから、僕もそれを思い出すことができる
いつか僕も、思われることのなかったものたちの大きさに
飲み込まれてしまうかもしれない
昨日も明日もひどく遠くなるだろう
まるで一方通行のむこうがわへ望みをつないだ
祈りのようにたちあがるあの施設

僕は忘れる
あの体育館だけが残っている
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測量

従来の測量方法 従来の測量は測定機器としてはトランシットと巻尺が基本です。トランシットは図2のような形であり、鉛直方向の角度と水平方向の角度が測定できるようになっています。トランシットには気泡管がついていて、気泡の動きを見て水平になるように調節します。

 日本全国の測量は経緯度原点を測量の始めの基準点として、三角測量という方法で行っていきます。三角測量とは、既知の2つの点から求めたい点への角度を測定して、三角形の1辺と2角の関係から位置を測定する方法です。また高さに関しては水準測量という、水平方向での高さの差を測定する方法で行われます。

 この三角測量により全国の測量が明治時代から行われていて、精度の高い測量の基準点網(三角網)が完成されています。図3はこの三角網を表しています。

 測量の際、角度や距離は水平の方向に関して測定されますので、三角網の各基準点は水平面上にあります。ただ水平面と言っても地球のカーブに沿っていますので、完全な平面上ではありません。また水平面は地球の重力で決まりますので、場所によって凹凸があります。そこで地球の水平面にできるだけ良く合う楕円体を定義します。その楕円体を準拠楕円体と呼びます。

 そして点の位置を緯度経度で表すにはその準拠楕円体の面上で計算します。三角網の各基準点の位置を楕円体面上に距離・角度を元にプロットしていくことで各基準点の緯度経度が得られます。

 従来の測量では、測定方法からして、水平面上で測量結果が得られていたと言うことができます。

2.2 GPSを使った測量 一方、GPSを使った測量では、図4のように地球の周りを回っている4つのGPS衛星からの距離を元にして日本の基準点の位置を測定します。また、衛星の位置は地球の重心に固定された直交座標系(地心直交座標)で計算されます。そのため、GPSで測定した位置も直交座標系の値で得られます。

 そして、直交座標系で得られたx、y、zの値から準拠楕円体上の緯度経度と高さ(楕円体高)が求められます。

 このようにGPSを使った測量では水平面は直接的には関係してきません。ここが従来の測量との大きな違いです。

 ではGPSでの測量では水平面はどう関係してくるかを次に説明します。

 図5は地球を断面で切ったときの楕円体と水平面の位置関係を示しています。この図で茶色の線が実際の地表面を表し、緑の線が楕円体、青がジオイドを表しています。ジオイドとは水平面のうち平均海面に一致するものを言います。

 GPSで測定した時の、基準点の高さは図5での楕円体高となります。また同じ基準点の標高は従来からの水準測量により測定できます。その差が楕円体から測ったジオイド(水平面)の高さということになります。測定する点を多くすることで、ジオイド(水平面)と楕円体面との位置関係が正確に求めることができます。その結果、ジオイド(水平面)は楕円体面より、20〜44m高くなっていることが分かっています



地球の直径を測定する概要
地球は丸いです。ですから、直径は地球1周のおおよそ3分の1です。
ゆえに、地球の円周を測定し直径を求めます。
また、太陽は1日で地球を1周します。
このとき、観測点間の地表上の距離を太陽の移動時間で
この、2点間の相対的な経度差が求まります。
太陽の移動時間については観測地点の通過時刻の差をもとめ、
通過を、観測地点の南中時刻をもって通過と定義します。
(太陽は24時間で360度移動するので、360÷24×移動時間=経度差)
また、北極星の高度がその地点の緯度をあらわすのと同じ原理で、
太陽が、南中する高度が、その地点の緯度になります。
(実際には、地軸が傾いている為、日付による修正を±23.5度行ないます。)
緯度、経度、及びその観測地点間の距離が解れば、計算によって求められます。


 太陽の速さの測定概要
太陽が観測地点の真上に来たときが、南に来たときです。
そして、その日の1番高い位置にきます
この時刻を持って各観測点を太陽が通過した時間とし
各観測点までの距離と通過時間により各観測地点間の相対緯度を求めます


 太陽の高度の測定方法
この観測には、透明な半球状の器に中心をマークした
おなじ直径のふたを付け、地面にかぶせるようにおきます。
この機材は、LUPINで用意します。
そして、観測時間になったら、マジックの先の影が、ふたの中心マーク
に合うような位置で透明な半球状の表面にプロットします。
そして、傍に観測時間を記入しておきます。
これを、1日何点か観測し、この点を結ぶ直線を引きます。
この線が半球の頂点に一番近い点が太陽が一番高かったときです。
この場所から、観測した時間までの線の長さの比で時間を割り出します。
たとえば、この点から10時に観測した点まで2cmで、1時に観測した
点まで1cmだったら、3センチで3時間ですから1cmあたり1時間になり、
一番太陽が高かった時間は、10時+1時間×2cm=12時であると分かります。





横切り
半島・岬・入江・島を測量する時に用いた方法である。下中央の図は壱岐市石田町の筒城崎の測量下図である。
『測量日記』に書かれているように、イの地点に杭を残し岬を横切ってロの地点に杭を打つ。再びイの地点まで戻り、海岸線を測量して行き、ロの地点で測線を繋ぐ。測線が終結することにより、正確な測量となる。
【具体例】
三月十九日
晴天。同所に逗留して測る。石田郡筒城村字宮ノ浜に十七日に打ち止めた浜の印より初めて、沿海を順に測る。イの印迄六町三十九間(725.45m)。裏海へ横切りロの印を残す。横に七十五間(136・36m)。イの印より初めて、筒城崎を回って横切ったロの印に繋げる。十町十二間三尺五寸(1、113.79m)。・・・・・・後略

国土地理院二万五千分の一 伊能忠敬記念館所蔵
伊能下図
測線から出ている短い線は
梵天を立てた場所である。 松浦史料博物館蔵
 伊能大図

片測・片打・半測
入江や島の片側半分を測量して終わること。残りの半分は測線が描かれていない。おおよその形を描くのみである。
【具体例】
二月七日
晴天で風。六っ頃(午前6時頃)に下方村紐指を出立した。同村木ヶ津浦(木ヶ津町)の人家前より初めて、高崎鼻。江ノ浦の入江を片測二町九間(234.55m)。・・・・・後略


国土地理院二万五千分の一
平戸市木ヶ津町の江ノ浦 松浦史料博物館蔵伊能大図
現在の地図と比べると、江ノ浦の入り口は切れずに繋がり、浦の奥行きを計測するのに浦の北半分だけで済ませていることが朱の測量線からわかる。これが片測である。スピードアップの為と思われる

交会法
この言葉も測量日記には出てこないが、導線法とともに重要な測量方法である。導線法のみでは、離れた場所と場所の相対的な位置関係にずれが生ずる。それを補正するために、遠くからでも目安となりやすい場所、つまり高い山や岬等を別の離れた地点から方位を測り、相対的な位置関係を正確なものにする。
松浦史料博物館蔵伊能小図
平戸島と上五島付近に多くの朱線が描かれている。

導線法
これは測量日記には出てこないが、昔から用いられた方法である。梵天竹を要所々々に立て、その距離を間縄で計測した。合わせて、方向についは杖先羅針を使用して、両地点から北からの角度を計測する。坂は小象限儀を使用して三角関数表により平面図での長さを計算していた。それらを記録して、測量の線を繋ぎ延ばす測量方法。すべて折衷尺を用いている。
梵天竹は根方三四寸(約10p)長さ二間一尺(3m94p)の竹の先に紙や木綿や鉋屑を巻き付けて使用した。
間縄は苧麻・藤・麻等を用いたが、水分による伸縮をなくす為に鉄鎖を用いるようになった。しかし、長崎県では海岸線が長いので、耐水性にすぐれ、軽量な鯨のヒゲを用いていたことが宗家文庫の測量御用記録に書かれている。近海で鯨の捕獲が行われていたので、手に入れやすかったからだと思われる。他に間竿も用いている。


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564

アイネバーフォゲットユアペットボトル シガーロス
four tet aroha


アンタはいつもこういう事ばかり考えてんの!ってお母さんにエロ本を取り上げられたツ
トムです


希望は悲しみによく似ている、君は歩く、強い風の中を、なあ友よ、だけど広い場所って
どこにあるんだろうな広い場所って一体どこにあるんだろうな 大学は狭すぎる


サイモンバーチ
ノッキンオンヘブンズドアー
シャンドラーの恋
ゲロッパ


そんな事は問題じゃなかったから僕の体には高校中退てマークは入ってなかった


僕達たった一人のありのままより素晴らしい未来がきっとあるはずなんだよ


ただ僕達は重さに耐えていてきっととかそういう事に対して、あの子のために歌うのがこ
んなに怖いものだとは思わなかった


みんながみんなそれぞれの引きこもり方をしてバラけていく、僕の見えんとこで笑ってい
てくれよ見えんくても


神様を先に通す、あとは、神のみぞしる
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イチモツを露出


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050808-00000032-sanspo-ent



この記事によると女性客が警察に通報したみたいだけど、それって本当なのかな。僕はステージではちんぽを出すのは当然だと思うし、そういうふうに両親に育てられた。みんなだってそうだろう。誰だってステージじゃあちんぽ出すよ。出さないでどうすんだ。だって出さなきゃステージに立った意味がないじゃないか。この通報したっていう女性客だって、ステージに立ったら絶対にちんぽを出したはずさ。
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2005年09月20日

全身が入るオナホ作ったら売れる?

言いたい事も言えないこんな世の中じゃ〜ピジョ〜ン
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アップスタート

INCREDIBLE
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hiodss

たとえば、ビルやエレベーターなどの入り口ではたいてい男性がドアを押さえてくれて、女性を通してくれる。レストランのシートなども、男性がエスコートしてくれることになっている。女性はただ立っていて、つんとしていればそれでよし。 何もしないくらいのほうがエレガントだったりする。


さて、エスカレーターに乗るとき、男性が先に乗りますか?女性が先ですか? これは「上り」か「下り」かによってマナーが異なります。「上り」のときはまさに【レディーファースト】。男性が後ろに乗って、前の女性に何かあったら支えてあげましょう。ですから、逆に「下り」のときは男性が先に乗るのは当然ですね。では、エレベーターの時はどうでしょう。これは場合によります。ホテルやデパートなど係の人がいる場合は当然【レディーファースト】。でも、自動運転の場合は男性が先に乗ってボタン操作をすべきです。型どおりに何でも【レディーファースト】が良いわけではなく、相手を思いやって適宜判断することが大切です。降りるときは必ず【レディーファースト】ですね。いよいよ楽しい食事の時間。おしゃれなレストランで素敵な「とき」を過ごそうとするなら、お客の立場であっても、それに見合った振る舞いが必要です。お店に入るときは男性がドアを開け、女性を先に通 す。ここから、原則として、すべては【レディーファースト】です。テーブルに案内されるときは、男性が後ろからついて行くこと。係の人が最初に椅子を引いてくれる上席は当然女性のためのものです。サーブされたお料理に最初に手を付けるのも女性です。男性は、女性の食事のペースに合わせて、速すぎず遅すぎず、食事が進むよう心がけましょう。ただし、オーダーとワインのテイスティングと最後の支払いは男性の役目ですからお忘れなく。若いカップルでたとえ「割り勘」であったとしても、レストランでの会計はとりあえず男性がするべきです。

その後ろから妻が幼い子どもの手を引き、たくさんの荷物をかかえてデパートで買い物をしている日本人は許せない。
たとえば、ビルやエレベーターなどの入り口ではたいてい男性がドアを押さえてくれて、女性を通してくれる。レストランのシートなども、男性がエスコートしてくれることになっている。女性はただ立っていて、つんとしていればそれでよし。 何もしないくらいのほうがエレガントだったりする。

 ロサンゼルスで会ったフランス人のプロデューサー、マルコは「これでもか」というくらいのレディーファーストぶりである。 たとえば、彼らのマイカーは「リンカーン」なのであるが、乗車の際にドアを開けてくれるのは当然として(もちろん、閉めてもくれる)、降りるときは、私の右側に座っている彼がさっと外へ出て、私の側(つまり左側)のドアを開けてくれる。その間、数秒ではあるが、待っているのも手持ちぶさたである。そこでつい、ドアに手を伸ばして自分で開けて、外に出ようとしたところ、「あなたはせっかちだ」と不服そうに言われた。
 以来、私はおとなしく彼がドアを開けて手を出してくれるのを待つということにした。ドライバーはいるが、どうもそうした役目はないようで、滞在期間中、彼は私のドアマンを勤めてくれた。

 ドアマンに限らず、荷物は持ってくれるし、レストランに行けば「ジュンコは何が好き?」と必ず聞いてくるし、くたびれてぐったりしているば「疲れた?大丈夫?」、会社を訪問すれば「気に入ってもらえた?」と、なんでも質問三昧で、これを毎日続けられたらまいってしまうかもしれない。
アメリカでは、男性が女性の
後ろを歩くのが、マナーなそうなのです。
例えばレストランに行ったときに、
男性が、ドアを開けてくれるので、女性が先に入ります。

そして、先に入った女性は、
案内係の人に誘導されて、テーブルまで
行くのですが、その時に、
男性よりも先に、歩いて行かなければならないそう。

そして、先に椅子に座る時も、案内係の人が、女性の椅子を
先に引いてくれるので、先に座り、その後、男性が椅子に座るそうです。

注文した食事をお皿に分けるのも、男性。
お酒も先に男性が女性についであげるそうです。

エレベーターも先に入るのは女性、先に出るのも女性です。

道を歩くときも女性は、内側で、男性が道路側だそう。
・ ドアの開閉

 さて、レディーファーストの基礎。ドアの開閉からやってみましょう。
対応が手前に引くタイプのドアの場合は、片手で引いてドアにそって押さえ、空いた方の手で、「どうぞ」の仕草。この時の仕草は、ヒジからの腕の回転と手首からの手の回転の両方を生かして、胸の前で行う。押すタイプのドアは、押して、自分が出てから「どうぞ」のしぐさ。
 何を簡単なって思うかもしれませんが、基礎が出来ずに応用なんかできるか!! ドアの開く方向と通路の向き、通路の幅の条件によっては難しいこともあるのだ!

・ 着席

 レディーファーストのその2!イスを引く。レストランでイスに座る時に女性に座りやすく席を引いてあげるのは紳士の務め。引き方にもコツがあり、大きく分けて2種類。お琴の山田流と生田流の違いみたいなもので、 それぞれの利点をあげると、
 真っすぐに引き、真っすぐに少し戻す方法(山田流) これは非常に分かりやすい。なにより、女性が真っすぐイスに座れるのです。食事をたのしんでもらうためにはしっかり真っすぐ座る事につながります。
 斜めに引き、真っすぐにして少し戻す方法(生田流) は、ちょっと高度ですね。斜めに引くために真っすぐに座ってもらうのが難しいために上級テクニックとなります。とはいえ、斜めに引くために、テーブルの前に立つためのスペースを大きくとることになり、女性に優しい感じになるようです。
 どちらの流派をとるにしても、女性に楽しんでもらうってことが重要ですね。

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2005年09月17日

dthd

2005年5月4日 「東京→河口湖→熱海→小田原」

湖の上の橋を車が通りすぎる、湖面にヘッドライトが反射して夜の間ずっと揺れる、
風が吹いて葉の上に乗っていた雫が一斉に落ちて街灯の光の中でまるで霧のようだ、
テントの脇のバーベキューの残骸でまだくすぶってた炭が音を立てる


僕たちは春のスキー場の斜面をわあわあ叫んで登っていき、次第にばらばらになる、
背中から照らされた僕の陰が長く伸びて目の前の山の頂上と重なる
北斗七星が目の前にあんなくっきり見えているからきっとあと5歩だ
あと5歩で山の陰に隠れていた北極星がみえるようになる、
でも僕たちはそこに倒れてねっころがってしまって隣の子の顔が逆光で真っ黒で怖い
ほら、まだ春なのにそこにある夏の大三角形が、星座表なんて全部嘘だって言ってる
成長って一体なんなんだろ?
いくら考えてもわからないや
僕の言葉は僕の今いる場所の言葉だ
そういう場所に行けば簡単にこんなことが起こる

本当は、いまだに真新しい制服を着て朝の光の中、中学校へ向かう坂を上りたいと思っている
いつもみたいに遅刻して先生に怒られたいと思っている
懐かしい歌を聞くと僕はいつでもそうなる、
カンケリがまず手を振って、
エロ本基地はドア開けて出ていった
うんこを棒にさしてそれを鬼になった奴がもって追いかけるうんこ鬼ごっこはまた会おうねといってそれきり
成長って一体なんなんだろ?
僕はその時いる場所の言葉をしゃべり続ける
それらを貫いているものは心なんかじゃないから
傷ひとつついてないピカピカのままだよ

中学の時、はじめて自販機でタバコ買ってすぐにチャリでそこから全力で走りさった、みたいな僕らの思い出は、
中学行かずにネットで30万かせいで数ヶ国語マスターしてるような10代にとってどんな風にうつるんだろう
子供の時に楽しかったことがどこかへ旅に出て行ってしまったから
大人になった今楽しいことをもう一度探してんの
夏が来るまでに腹筋を割らなくちゃいけないんだ、これからプールに毎週行くし
友達と安く飲めるおでん屋とショットバーを開拓しようとしてる
秋葉原でエアガンを買ったし伊藤先輩と釣りに行くために物置から竿とリールをひっぱり出してきて磨いた
読んでない本も山積みだ、今年のエレグラは誰来るんだろう

僕の中の引きこもりよ、もっともっと怒ったらいい
全力で病んで、何の変哲もないものにひどく恐ろしいものをあの時見つけ出したように
徹底的に希望のないどうしようもないものを絶対に見つけなくちゃならなかったように、
いつか僕は君をうらやむだろう
あの時と同じ方法を使って僕は今相当楽しくなっているから



2005年5月5日 「最高にエキサイティングな日だ今日は」
おもしろいな、あんなにかたくななだった登校拒否児が今では休みの日なのに学校いってる
最高にエキサイティングな日だ今日は、子供たちはみんな、勇気を出すとママと約束した
キャッチボールが僕に、そのズボンとこにつけている携帯灰皿とか鍵とかジャラジャラした奴をはずせよボケ!と怒鳴る
キャッチボールが僕に、おまえが毎朝体にシューってする制汗スプレーなんか2秒で無意味にしてやるよっていう
ドアの外で早く運動靴にはきかえてこいと大きな声で呼んでる、さっき飯食ったばかりなのにもうお腹がすいてたまらない

キャッチボールの教えに従って僕も
相手が身につけているドッグタグやバングルめがけて思い切りボールを放る
キャッチボールをするときに唇の脇にできたビキニのことなんて考えてられないんだよ
エロビデオみてシコっていてふとティッシュに手を伸ばしたら
その指の先に快晴の空がどこまでも広がっている、

サイパンに「その靴どこで買ったの?」なんて話しかけてたら、彼は決して波や風の話を僕に話してはくれなかったろうという気がしてる
普段超絶おしゃれな伊藤先輩も、カンボジアへ向かうトラックの荷台では首のとこだるだるのティーシャツだ
僕は僕で、まだこんな日記でひきこもりがどうとか適当な文書いてる、キモければキモいほどかっこいいとかってまだ全然思ってる
この日記は24才のデカパイOLにむけて書いているし、こないだ屁と一緒に小石が出た
それはすごく大切なんだ
地下365階からとってきた視線なんだ

人を嫌うことは選ぶことだ、人を好きになることは選ぶことだ
ナイフで何回も何回も刺してみたい人はいつまでたってもみつからなかった
君はいい奴か悪い奴か、と絶え間なくテレビの中から聞いてきたイラク戦争の首のない兵士も津波で押し流された家も消えた
だって僕それ選んでない
僕はもうテレビの前で自分は悪い人間ですと答え続けたりしないし、高校の時だって自分はいい人間ですと答え続けられなかった
誰かを救う、なんて意地悪な見方をすれば、
その救おうとしてる対象を下に見て馬鹿にしてるってことなんじゃないの?
そんなんキャッチボールを知らない奴らがやりたがることだ、
僕は誰かを救おうなんて思ったこともないし、誰が傷ついてるかなんてわからないから
ただ、山本先輩とエアガンの打ち合いをして
山本先輩が疲れている時に運転をかわりたいと思って、1年以上乗ってなかった車の運転を練習しようと思っているだけだよ
posted by tuto at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

君はふせて毎日名前を呼ばれ続けることをやり過ごした

IFAT規約

1. フェアトレード取り組みの基本指針
途上国の最貧層にある生産者が、社会、経済、環境面において望ましい暮らしをおくれるように充分に配慮した交易を行う。すなわち、公平な取引条件のもとで、公正な報酬や対価を保証することを意味する。貿易の構造、仕組み、実際の取引のあり方や態度について、不公平がないかを確認し、不公正な取引をなくしてゆく。協調し合うことによって、競合はしない。生産者の犠牲の上に立つ利益の追求ではなく、生産者に利益をもたらすために、フェアトレードと社会正義を促すことを考える。

2. 透明性
会計の状況、経営方針、実際の商取引、製品の原料とその入手ルート、製造方法、販促、商品開発や企画運営全般についてなど、あらゆる情報を交換し、経験を分かち合う。それによって、会員組織だけでなく一般の人々も、 IFATと個々の会員組織の社会的、経済的な影響力や活動の波及効果を評価することが可能になる。この「公開性」は、知的権利や政治的立場に関わる事項に関し、互いに尊重し合う必要がある。

3. 倫理性
雇用の平等、情報公開、革新的な労働条件など、組織の仕組み自体に「公正さ」を徹底する。それぞれの組織に合った方法で、労働者が意志決定や運営管理に関与できるように促しつつ、最低限のコストで可能な限り生産性の高い経営を行うこと。労働者に対し、生活のための最低限のニーズとして、医療ケア、教育費、貯蓄など充分な収入を保証できるよう目指す。

4. 労働条件
最低でも現地の法定基準をすべて満たす、安全な労働環境を保証する。労働者一人ひとりが成長し、潜在能力を活かし、伸ばせる機会を提供する。また、品質と作業効率を高めるために、適切な技術や機材を採用し、人間としての尊厳が守られる労働条件を保証する。

5. 雇用機会の平等
差別をなくし、労働の搾取や貧困、人種、民族、文化、性的な偏見などに苦しむ人々に対して、男性、女性に関わらず平等な雇用の機会を提供する。

6. 人々への配慮
人間とそれを取り巻く自然生態系への影響に責任を持ち、持続可能で人々が生活の質を高めることのできる、真の「開発」を促す。児童の労働を搾取してはならない。事業活動が、先住民の存続に必要不可欠な生活手段となる、土地をはじめとするいかなる資源をも、奪い取るようなことがあってはならない。

7. 環境への配慮
環境にできるだけ負荷の少ない商品の開発、取引を推進する。また、現地の環境生態系にそって、原料、素材、その他あらゆる資源が枯渇することのないよう、維持管理を行なう

8. 文化的背景の尊重
生産者の文化的背景や伝統、また現地に豊富な自然素材を活かした商品の開発及び生産を心がける。文化の保存、継承を促す一助として、生産者の芸術的才能や独創性、部族に伝わる伝統的な技術や知識を活かす

9. 教育と啓発
フェアトレードの普及を目指して、一般の人々が環境への配慮と社会問題に対する関心を高め、消費のあり方を見直すように働きかける。途上国の貧しい人々の暮らしの向上のために、国際レベル、あるいは国レベルの政策に対し、キャンペーンを自主的に、あるいは協力して行う。フェアトレードが従来の不平等な仕組みや考え方を変えてゆく有効な手法であることを、一般の人々及び企業に広く認識されるように働きかける。「南」の国々の文化と伝統のもつ価値への関心を高めることで、異文化に対する理解や敬意が深まることを図る。

(ネパリ・バザーロ/グローバル・ヴィレッジ訳 2000年6月)
posted by tuto at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大好きな想いとともに溢れ出るものをゆっくり飲み込んで

途上国の底辺で働く人達が貧困から抜け出せるように、彼等から直接、より高い値段で、継続的に商品を買うことです。

直接取引きすることで、中間マージンを排除し、その分生産者が多く受け取る仕組みを作り、取引を継続することでその仕組みをゆっくり大きく育てます。


フェアトレードの商品は街中のアジア雑貨店に並んでいる商品とどう違うの?

ずばり、生産者が受け取る金額がちがいます。途上国でフェアトレード製品を生産している団体はほとんどが非営利で、より多くの賃金を生産者に払うこと、より多くの生活困窮者を雇うことを目的としているので、私達が製品に対して支払う金額のより多くの部分が生産者に渡ります。一般には利益を出すことを目的に生産しますので、雇用は最低限に限られ、賃金もギリギリに押さえられています。私達が製品に対して支払う金額の多くの部分が利益として事業所有者のものになり、生産者には少ししか渡りません。

また、フェアトレードは子供を働かせて生産されたものは扱っていない事です。名書「ブランドなんかいらない」で詳しく書かれていますが、途上国の工場では違法に子供を使って生産コストを下げている事が少なくありません。ブランドメーカーから発注をうけた工場が、このような低コストの工場に下請けさせることもたくさんありますが、市場に並んでしまえば我々消費者にはまったく分かりません。インドやタイで小さな子供たちがたくさん狭いところに押し込められて小さな宝石を磨いているのを見かけたことありませんか?

最後に環境に対する配慮が違います。フェアトレードは生産者の生活向上を目的としていますので、環境が破壊されても利益が出ればよいというような考え方をせず、長期的視野で持続的に発展していくことが可能な方法を取ります。例えば手すき紙を生産しているフェアトレード団体では、森の資源を全て取り尽くして紙にしてしまうのではなく、毎年生産が続けられるように森の資源を守るための規則を自ら確立し地域のみんなで尊守しています。

フェアトレードは雑貨や手工芸品だけでなく熱帯の作物、例えばコーヒーや紅茶も扱っています。この場合にもやはり一般の貿易との一番の違いは生産者が受け取る金額です。これら熱帯の作物は、価格の変動が激しく、時として農家の生活が成立たないほど低くなってしまうこともあります。フェアトレードの輸入業者はそのような時、一般商社のように市場価格で買い付けるのではなく、農家の生活が成立つように考慮し「フェア(公正)」な価格で買い付けています。


援助は「与える側」と「与えられる側」という主従の関係になりますが、フェアトレードでは商品取引を通して「売る側」と「買う側」という平等な関係が成立ちます。より良い製品を開発して販売することによって、現地の生産者団体はよりたくさんの貧しい人たちの生活を安定させることができ、生産者も自尊心を持って生き生きと働くことが出来ます。この活力がひいては国を発展させていく原動力となるのです。外部から与える事が出来るものではありません。


 もちろん、商品取引が適当でない分野では援助も有効です。援助とフェアトレードの両方がうまく機能して、はじめて有効な途上国支援になるのではないでしょうか
posted by tuto at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神 様 の 鼻 毛 の び ろ

宮崎あおいちゃんがお隣に引越してきたら・・・
僕はとても恥ずかしく思って物音一つ立てられそうもない
そしてコップ片手に壁へ耳を近づける
俺が一番好きなスポーツはセックスなんだけど
テレビ観戦しかしたことないんだよねー

靴はマジックテープが一番
posted by tuto at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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