2009年11月01日

kp

ありえねぇ、嘘ならべたって世界かえられやしない!
ギザギザに牙をむき出しながら、オレ流、スタートダッシュでいくんだ!
リアルを見つけにいこう!
そうすれば、今日子だってやれる!
posted by tuto at 20:13| 東京 雨| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いったい誰が、永遠に自分自身の愛に逆らえるというの?




一日一日が君たちにとって、
どんなに大切な一日だったとしても、
無制限にぜんぶ思い出す、ということは出来ないものね。
哀しいけれど仕方が無い。
そこで、わたしたち人間は、物事を抽象化する、ということ
をしなくては ならないんだ。
この宇宙のことを、全部。
全部、この、腕の中へ取り込んでみたい。
でも出来ない。
で、全体のことを一生懸命考えながら、
出来る範囲のなかで、精一杯、誠実な答えを出してみる。
なかた君の答え。25分 45秒。
ほら、初めの答えとすっかり変わってしまったよね。
君の流した汗の分だ。
普通の人の15分と、この違い。
これが、君の、君自身の、かけがえのない個性なんだ。
誰にでも誇って良い、個性なんだ。


ぼくたちがふっとんでいたとき




ぼくたちがふっとんでいたとき

きみはほんとうに

地平線のかなたの蒙古高原に

腰をおろしながら

羊たちの群れが大きくうつった

満月のシルエットをながめていたのか




ぼくたちがふっとんでいたとき

ほんとうにサモトラケのニケは

あの大理石の殻をはがし

ルーブル美術館の回廊から

太陽への懐かしみを捨てきれず

エーゲ海に向けて飛び立ったのか




おとなたちとこどもたちほど

世界はひろいと必ず言うのだ

それならばこえをきかせてくれ

本当にききたいのかはぼくにもわからない




たとえば

焼けつく野火のまんなかで

喉がかわいたくるしさや

しぼみゆく目の干塩などを

舐めさせようとする

かのたくらみに

ことばが一枚噛んでいるなら




ぼくたちはききたくない

やさしくつつむこえでもなく

きびしくささるこえでもない




ひろびろとしたせかいを

わたりつづけようという鳥たちのこえのように

ひびきだけをきかせてくれ

ほんとうに ほんとうに

ぼくたちがふっとんでいるとき

きみはどこにいたのかを




洗面器



(僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、 ・僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思つてゐた、ところが、爪哇(ジヤワ)人たちは、それに羊(カンビン)や、魚(イカン)や、鶏や果実などを煮込んだカレー汁をなみなみとたたへて、花咲く合歓木(ねむ)の木蔭でお客を待つてゐるし、その同じ洗面器にまたがつて広東(カントン)の女たちは、嫖客(へうかく)の目の前で不浄をきよめ、しやぼりしやぼりとさびしい音を立てて尿(いばり)をする。)




 洗面器のなかの

さびしい音よ。



くれてゆく岬(タンジヨン)の

雨の碇泊(とまり)。



ゆれて、

傾いて、

疲れたこころに

いつまでもはなれぬひびきよ。



人の生のつづくかぎり

耳よ。おぬしは聴くべし。



洗面器のなかの

音のさびしさを。





知ってるかい忘れてはいけないことが
何億年もむかし星になった
どんな時代のどんな場所でも
おんなじように見えるように

覚えたり教えられたり
勉強したりするんじゃなくて
ある日突然ピーンときて
だんだんわかることがある

ガードレールを跳び越えて
センターラインを渡る風
その時その瞬間
ぼくは一人で決めたんだ ぼくは一人で決めたんだ

今日からは歩く花
根っこがきえて足がはえて
野に咲かず山に咲かず
愛する人の庭に咲く

普通の星の下に生まれ
普通の星の下を歩き
普通の街で君と出会って
特別な恋をする

ガードレールを跳び越えて
センターラインを渡る風
その時その瞬間
ぼくは一人で決めたんだ ぼくは一人で決めたんだ

今日からは歩く花
根っこがきえて足がはえて
野に咲かず山に咲かず
愛する人の庭に咲く

愛する人の庭に咲く
愛する人の庭に咲く
posted by tuto at 18:58| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

みんなどこ行ったんだろう さっきの分かれ道で分かれた組とはもう会えないのかな

私たちはよく「自信がない」とか、「自信を持ちなさい」と言いますが、自信を持つということはどんなことなのでしょうか。 分かっているようで分からないことかも知れません。 

  辞書を引いたら「自信」とは、

自分自身の価値や能力を信ずること
自分で自分の言動や主義を疑わないこと

 と、ありました。

  もっと分かりやすく言えば、「自信」とは「自分で自分を頼りにすることができること」、「自分の命を自分に預けられること」と言ってもよいと思います。 自分で自分を頼れるからこそ、自分のすることに不安を持つことがない、あるいは不安があってもそれを乗り越えて進むことができるのだと思います。 自分で自分の命を自分に預けられるからこそ、不安もなくなるのではないでしょうか。 

  自分で自分を頼れなければ、なにをしても不安しか持てないし、その不安を払拭することもできなくなります。 不安しか持てなければ、なにをしても億劫だし、ましてや積極的に考えることもできず、ますます自分を頼れなくなって当然ではないでしょうか。 この世の中で唯一頼りにすることができるものは、自分しかいないと思います。 それなのにその自分を頼れないのですから、なにもできず、なにも信じられなくなるのです。 相手に依存はしても、自分を信ずることができなくなるのだと思います。 「頼ること」と「依存すること」は似ているようでも、正反対のことではないでしょうか。 自分の心の底では信ずることのできないものに依存しているから、なにもかも信じられなくなるのだと思います。 相手に依存している限りは、自分に自信を持つことはできないのです。 この悪循環を断ち切るためには、やっぱり決断しかないと思います。

  相手に依存しなければ自分を頼りにするしかなくなるので、なにごとも自分でするようになり、自然に自信が湧いてくるのです。 自分で決断し、行動しなければならなくなるからです。 繰り返しになりますが、自信はつけるものでもなく、生まれつき具わっているものでもなく、経験と努力によって身につけていくものだと思います。 相手に依存することさえ止めようと決断できれば、そのときから自信が湧いてくると思います。 依存を止めよと決断したこと自体に勇気が必要だからです。 自信がつくということは、このことの成功と挫折の繰り返しでもあると言えます。 「自信がない」ということは、自分で自分を頼れないことであり、なぜ自分で自分を頼れないかというと、それでも自分の生活を支えてくれるひとがいるからではないでしょうか。 自分で自分を頼れないというよりも、自分で自分を頼ろうとしないのです。 すなわちだれかに依存して生きているということです。 相手を信頼して生きていくことは必要ですが、相手に依存して生きていくことは自信の喪失につながるだけです。 このことをしっかりと胸に刻みつけておきたいと思います。


  自分が相手(家族であったり、友人であったり、上司であったり、同僚であったり)にどれだけ依存しているかが、自信の有無のバロメーターでしょう。 依存心が少なくなれば、それだけ自信がついてきた証拠です。 自信は自信を呼び込むはずです。 このことは自分の周りをみれば分かるのではないでしょうか。 自信のないひとはどんな生き方をしているのか、相手の顔色をどれほど気にしているのか。  だから自信のないひとは、おどおどしているのです。 相手に依存しているから、おどおどしているのです。 相手の気まぐれで考えが変われば、自分の生き方は危機にさらされるからです。 相手の気まぐれで自分の生き方が、その都度危機にさらされてしまうのです。  相手を信頼しているひとの顔は、おどおどしていますか。 自信のあるひとはいい顔をしていますよ。 他人の気まぐれによって、自分の生き方が左右されることがないからです。 自分で自分を頼っていて、相手に依存していないからです。

  なぜ自分は他のひとよりも、相手に依存する生き方をするようになったのか、そのことが問題だと思います。 それは幼いときからの親のしつけや教育に原因があるのではないでしょうか。 俗に言えば、甘やかされて育ったということです。 自分で決断しないで親の決定に従って生きることは、とっても楽なことですから。 自分で決断しなければ、責任は相手に押しつけることができますから。

  大変難しいことですが、自信をつけるためには「相手に依存しないこと」。 これしかないと思っています。



  自分で自分の命を自分に預けられるからこそ、不安がなくなるのではないでしょうか。 たとえ不安があっても、決断を下せるのだと思います。 最後には自分を頼ることができるからです。 自分の命を自分に預けることができないひと(最期には自分を頼ることのできない人)は、たとえ相手を信じていなくても自分の命を相手に預けなければならなくなるのです。 相手を信じられなくても自分を相手に預けざるを得ないから、ますます不安がつのってくるのです。 ここに自分を信じられないひとの不幸があるのです。 相手に自分がどのように扱われるか不安だから、いつも相手の行動を監視したり、相手にまとわりついて自分の心の葛藤を払拭しようとするのだと言えます。 「自信のない人は他人に依存せざるを得なくなる」ということは、こういうことではないでしょうか。 小さな子供を見ていると、よく分かると思います。 何事も決断できない人は、何事においても自分を頼ることのできない人のことです。  自分は自分の命を自分に預けているのだろうかと問い直してはどうでしょうか。 自分の命をだれに預けているのだろうかと。 自分の命をだれに預けるかを決めるのは、あなたなのです。 他のだれかが決めてくれるわけではないのです。 自分が決めなければならないのです。





こないだテレビの中で酒井法子がアフリカの難民キャンプにポツンと座っているのをみたあれはなんだったのだろう口をあけてその周りをハエが飛び回ってでもあれは確かに酒井法子だった ビクトリー美少女ガールズ すみません、手相をみせてもらえませんか?若葉はいった若葉はボサボサの頭とこれがはじまりアタシタチは布団よ、そして布団は夢なのそれを聞いた時美奈子はこの世には現実の対局にもうひとつの世界があって、そしてこの世にあるものともうひとつの世界にあるものはなんの脈略もなくしかし整然と対応しているのだと思った アタシタチはチンポがないから自分の中にもどれないの永久にそう永久によ私たちのことを描いた絵画があるの 喫煙所でポンプの話大盛り上がりところがどっこい余計なタービンがついてた爆笑一日中文字を書き続ける自動書記 タイトル「濃霧」8面真っ白い部屋右手前隅に石の写真 マリファナ吸いながらアニメを鑑賞するサークル「ガニメデ」を作ろうぜ新興宗教の勧誘のおばさんってなんでみんなサンバイザーかぶってるの中川さんに4000円貸し翔くんに1000円貸し奈良に本貸してる濱ちゃんにロジカルシンキング
posted by tuto at 18:54| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

じゃあ富士山に登山した時に山頂でリストカットしたくなったらどうするんだよ!!!!!!!!!!!!



公園の便所で糞したら ドアに ジャングルジムの鉄片の棒をみて
って書いてあってそこを見たら、ブランコの板の下を見て〜〜って
どんどん続いてって最後に違う便所の裏壁に誘導されたんだが、
みたら真っ赤なメッチャキモイ女の笑ってる絵で、「ここまでみて
くれてありがとう、一生あなたにとり付いてあげる」って書いて
あって鬱になった


小学校の頃住んでた貸家に書いてた落書き
「ちか、はやくでんと こっちから かぎしめるぞ」

岐阜県某市にある某病院と某高校のすぐ裏の小さい公園に隣接する民家の窓に、
落書きじゃないんだけど、ものすごいたくさん、紙に身内の悪口が書いて貼ってある家があった。
なんか、「ぼくのおかあさんがしらないおとこのひとと云々・・・まいにちたたかれてどうのこうの」
とか
「○○の息子がどーたらこーたら、遺産を狙うために私を殺そうとしている」だの
その文章や字に半端ない怨念がこもってる感じで、初めて発見した時、薄暗くなりかけの夕方だったせいもあって、背筋が凍った。
その文章の量がまた半端ない。
窓の内側から、公園のほうへ向けて貼ってあり、外の人に読んでもらおうとしてるようなかんじだった。

バイオハザードの かゆうま のリアル版というか・・・
とてつもない被害妄想というか、とにかく恐ろしい雰囲気が漂ってて・・・

去年の夏に格安の借家を探していた。
見つかった家は気持ちワルイ作りで、2階部分の部屋
と部屋の間に50cm位の段差がある和室が3部屋。
中でも一番日当たりが悪い3畳の部屋がやばかった。
入った瞬間真夏にもかかわらずひんやりとした。
そこの部屋の作り置きの棚にそれは書いてあった。
「死にたくなかったら目を閉じるな」
「今日も生きられた」
緑色の文字で、棚の下にはカメ蜂の死骸…

なんでも破産した小売の社長が住んでいた家だったらしい。。

当然借りなかった…


秩父の山道のトイレに書いてあった 中年男と老婆が性行為してる絵
その絵を描いたと思われる人のコメントが怖かった… 長かったから、全部思い出せないけど

なんでも、この絵の中年男は描いた本人で、相手の老婆は自分の母親らしい 童貞も母親に捧げて 今まで母親しか知らない 母親との性行為がたまらないみたいな感じで書いてあった… あと母親と色々な地域を旅してるみたいな 長文スマン


急なカーブのガードレールにマジックで「こっちへおいで」


実家近くの結構大きい公園のトイレ。
すごい達筆な字で、「僕は中学生です。ホモ体験したいです〜云々」と
あったが、中学生の「学」の字が旧字体だったりして明らかに年配者の字だったのが
恐ろしかった。

家の近くの柵に『柵に登らないでください』と注意書きしてある看板があるのだが、そこに油性ペンで『ヘルゲエンゲルゲしないでください』と誰かが上から書いた落書きが10年頭から離れないWWW
ヘルゲエンゲルゲって??www

昔大洗のサンビーチで便所行ったとき。中で踏ん張ってるだけなのも暇だし辺りの設備をいじっていたら
トイレットペーパーケースの蓋の裏に
「これ見た奴この海で死ね待ってるからけけげげげけげけ」
で赤文字で書いてあってマジ恐かった。
チキンな俺は結局その日は海岸で砂遊び程度で帰ったんだが

昔私が住んでた団地(20階建)は自殺の名所だったんだけど
自殺者の最期の言葉が
壁に無数に書かれていた
「待っててね〇〇(人の名前)後で呪い殺してあげるからね。首をもいであげようか。それとも、もっと惨いやり方で殺そうか。絶対に許さないからね…」
とか
「ここから落ちるのが私にとっての幸せ…やっと楽になれるよ…」
とか
「殺す…殺す…追い詰められた…ぐちゃぐちゃに殺してやる…もう疲れたよ…今までごくろうさん」
とか
しかも絶対に飛び降りるのは14階から
14階だけやたらと異様な空気に包まれてて
壁一面に言葉が書かれてた

旧トンネルなんかに自分の名前が書かれてるとゾッとするよな

学校で掃除中に階段を掃いてたんですけど、ふと手すりを見ると
小〜さな文字で
『やっと見つけてくれた。ずっと〇〇さん(俺の名前)と…(以後薄くて読めない)』

マジで鳥肌たったよ。

山中にある使われてない古いトイレがあるのだが、そこの扉に、「私はここでうまれた」と書かれていた‥あと下には「近寄るな」って書いてました;

峠の途中にある公衆トイレの壁に行方不明の貼り紙があってその貼り紙の横に「コノ子の頭この便所の裏に埋まって泣いてるよ。」と落書きがあった。夜中だったからかなり恐かった。


高校3年ぐらいになって、久しぶりに卒業した小学校に遊びに行った時、
友達と一緒だったんだが、図工室に行った。そこの後ろの方の机にフェルトペン?で

おかあさん、まだかえらんの?
うん、おとうはなんかようわからんこといいよる。
なんて?
もうおかあかえってこんって。

っていうやりとりが。「どういう意味やろね?離婚?」とか友達としゃべりながら部屋を出た。
その後、友達と別れた後に思い出したんだ。その落書きは小1の時に友達と自分で
書いたものだったってことを。いや、それだけなんだけど思い出した瞬間は何故かゾーっとしたんだ。
まだ残ってたのかってことにも驚いたけどね。一回改築したって聞いたから。備品はそのままだったのかな?


三角木馬は当たり前。
関節強引に外したり、
ケツの中に管入れて高水圧でうひゃぁあああしたり
おっぱいに針千本したり
近藤さんの裏から画鋲さしたのを装着にしてセクロスしたりとか。
最後辺りは酷かったな。
拷問されてる娘がめちゃかわいいって設定で
最終的に体食べられてたw




       _,,, 、、── 、                     ____              (⌒ ⌒ヽ
    ,, -‐'' : : ;;、;; -‐‐-、: : \   ___          |___ \□□     _  (´⌒  ⌒ ⌒ヾ
   /: :,,r-‐'´      `ヾ: : ヘ,./     \              / /   □□ / / (´   )  ⌒::: .)
  /: :/            ミ: : : l  す や  |             / /        / /.(´;:   ::⌒`) :;  )
  | : :l       ,,ィ==ゝ ヾ: : .|  ご だ  |               / /     / ̄ /  (   ゝ  ヾ  ソ
  | : :|  ,,===ミ、  ,,ィェァ、,,ヽf'ヘ^|  い  ・  |              ̄ _,,,,,,,,,,,,,,,_ ̄ ̄    ヽ ヾ ./ ノ  ノ
  ゙、: | ィ゙ _,ェュ、}=ヘ`´´‐''  |  <  ニ ・  |         ,,,-‐''"~     ~゙ヽ、,,----/,´/丶-‐''´
   ><{ -''´-‐'' |  ヘー‐''´  .|  オ ・  |       .,,r''~             ゙ヽ、// .`ヽ、
   `l 丶ー─'( r丶^ー'^ヽ,,   .|  イ    |     /                 ゙i,     `ヽ、
    〉    / ,ィニ二>く    |   ・    |    /                   i,       ゙i,
  ` 、     ゝ=二ノ `   ノ |   ・    |=./                     i  ∵∴    ゙、
    \   ` ⌒´ ..=[   \___/  i'             ∵∴   .:.::::i':::..       ゙,
      \、 ..... .../              .i                   .:.::::/.:.:.:..       i
         ` ' /                ノ                  .:::::::/:::.:.:.:.:.       i
           i               ./                .:.:.:.:.:.:/,;.:.:.:.:.:.:.       }






一戸建ての家の前に

「他人を信じるな」

って立て看板があった。
何があったんだろう?

トライアイズ(旧ドリームテクノロジー)の社長の音声公開
監査役に「オメー、自己破産して、家族全員首くくらしてやるよ。ばか、死ねよ。」
その他ものすごい恫喝

http://kansayaku-furukawa.jp/
株式会社トライアイズ監査役古川孝宏監査役の主張

http://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/detail/?code=4840.j 
トライアイズ株価


サンテクは増資を繰り返しまくって、どんどん株が希釈されて株価暴落
1円をつけてもなお増資して、倒産してないのに株価1円で

ストップ安を叩きだしたアホ企業だったなw
無茶苦茶な増資のせいで、大阪証券取引所のシステムをぶっ壊しかけた


平成電電と言う会社があったの。おカネを集めて、偶然倒産しちゃって、
偶然、社長を含む数名が逮捕されちゃった会社。


で、トライアイズ(旧ドリームテクノロジーズ)という会社の社長は
たまたま平成電電出身で、偶然にもコトが明るみに出る前に会社を移籍して
何の作為も無く前の社長が追い出されて、たまたま現社長が権力握って、
公明正大に「平成電電の再建に取り組みます」と言いつつ投資を募って
「やっぱやめた」とか何ら不審な点の無い経営を行い、
政党にワケのわからん会社を買収→赤字とか、そーゆー自体が偶然起きて、
全く問題ない経営なのに、もう完全に会社がダメになったわけです。


当然、投資家が「よし、あなたの企業を支援するよ」と

投資したカネは回収できない。

これだけならタダの「無能経営者」なんだけど、会社を買収する時と言うのは
「買収する側が、される側の株を購入する」「買収する側の手元には株券が、

される側には現金が渡る」っつー状態。


買収された会社は、赤字垂れ流しのダメ事業をやってるのに、なぜか
「キミの会社が欲しいんだ」と申し出てきた奇特なお金持ちによって

数十億の現ナマを手にする。
で、そのカネはどこに行く・・・?

いや、もちろんトライアイズさんは公明正大にやっているとは思いますけどね。
きっと、単に無能だから赤字を垂れ流す不可思議な投資をしているだけで、
社長も会社に良かれと思って失敗しちゃってるだけで、
監査役が何の根拠も無くイチャモン付けてるだけなんじゃないでしょうか。


だって、あんなに自信満々に監査役を馬鹿呼ばわりしてるんですもの、

不透明な部分なんて万に一つもありえない。



http://www.takaoka.ac.jp/zatsugaku/008/niwa_1.htm 
posted by tuto at 18:52| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

階段下りるとき脳内にMステの音楽流れるじゃん?



弁護士エイブラハム・リンカーン

 皆さんがよく知っている、アメリカ合衆国の第16代大統領エイブラハム・リンカーン大統領(1909〜1965年)を取り上げます。リンカーン大統領は、ゲティスバーグの演説、南北戦争時の大統領、奴隷解放宣言、さらには南北戦争が終了した5日後に射殺された大統領として知られています。しかし、政界に入る前、23年間も弁護士として活躍し、高く評価されてもいました。
 ここでは、駆け出しの頃のリンカーンの名を世にとどろかせることになった、といわれている、ある殺人事件公判の1場面を紹介してみたいと思います。「事実は小説より奇なり」と言いますが、まさにそのとおりです。

 その事件は18××年8月9日の夜に起こった。キリスト教のある教派の野外集会で、ロックウッド氏が射殺されたのだ。犯人は、グレイソンだという。グレイソンは、善良な人としても知られており、無実だと主張している。ところが、その殺人現場に居合わせたソーヴィン氏は、「グレイソンがロックウッド氏を狙撃し逃走するのを見た」と言っているのだ。人々は、この証言には信憑性があり、犯人はグレイソンに違いないと思っていた。
グレイソンの母親は、殺人罪で起訴された息子を何とか助けたいと、熟達した弁護士に息子の弁護人になってくれるよう依頼したが断られ、しかたなく駆け出しの弁護士リンカーンに弁護を頼むことになった。
 殺人事件の審理が開始され、まず陪審の選定手続が行われた。裁判官・弁護人・検察官は、多くの陪審員候補者のなかから陪審員12人を選定する。弁護人と検察官は、取り決めた一定の人数の範囲内で、何ら理由を示さずに陪審員候補者が陪審の任務に就くことを拒否できることになっている。しかし、リンカーンはどの陪審員候補者に対しても拒否するとは言わなかった。検察官が被告人の殺人犯だと断定する冒頭陳述を行っても、これに対してリンカーンはただ無罪を主張するのみ。検察側が次々に出してくるの証人に対しても、反対尋問すらしない。
 「リンカーンさん、なぜ、なぜ反論しないの!」 傍聴席に座っている母親は心のなかで叫んだ。そして、両手で顔を覆い、駆け出しの弁護士を当てにしたことを悔やんだ。しかし、傍聴席に大勢詰めかけていた人々は満足げであった。自分たちが想像したとおりの成り行きに、「当然だ」という顔をしていた。
 検察側は、最後の証人を出してきた。切り札のソーヴィン氏である。大勢の傍聴人が見守るなか、ソーヴィン氏は証人席につき、検察官の主尋問が始まった。


検察官 − あなたは、ロックウッド氏と被告人(グレイソン)を知っていますか?
ソーヴィン − よく知っています。
検察官 − それでは、あなたが今月(8月)の9日午後10時に、この2人を見たときのことを話してください。
ソーヴィン − その晩、わたしはロックウッド氏さんと一緒にいたのですが、ロックウッドさんと別れた直後に、このグレイソンがロックウッドさんめがけて銃弾を発射したんです。この男は、ロックウッドさんを撃った後、すぐにそこから走り去りました。自分がロックウッド氏にかけより、抱き起こしたときには、すでに息絶えていたのです。
検察官 − ソーヴィンさん、ありかとうございます。以上で、主尋問を終わります。

 もうグレイソンの有罪は確定的だ。誰もがそう思った。そのときである。若く背の高い弁護士(リンカーン)がやおら立ち上がり、証人をじっと見つめ、反対尋問を始めた。
 
リンカーン − それでは、私の方から質問します。いいですか、ソーヴィンさん。
 つまり、あなたは、その直前までロックウッドさんと一緒にいて、それで撃たれるところを見たとおっしゃるのですね?
ソーヴィン − そうです。
リンカーン − あなたは、2人のすぐ近くに立っていたんですね?
ソーヴィン − いいえ、2人からは20フィート(約6メートル)ほど離れていました。
リンカーン − 10フィート(約3メートル)だったんじゃありませんか?
ソーヴィン − いや、20フィートか、あるいはそれ以上離れていました。
リンカーン − 殺人現場は、広々とした野原ですか?
ソーヴィン − いいえ、林のなかです。
リンカーン − 何の木の林ですか?
ソーヴィン − ブナの林です。
リンカーン − 8月なら、ブナの木の葉っぱは、かなり茂っていましたよね?
ソーヴィン − かなり。
リンカーン − ところで、このピストルが殺人に使われたものだと思われるんですね?
ソーヴィン そうです。
リンカーン 被告人が撃つところが見えたというですね。銃身をどんなふうにかまえていたか、なんてことすべてが・・・?
ソーヴィン そうです。
リンカーン 殺人現場は、集会場の近くですか?
ソーヴィン 4分の3マイル(約1.2キロメートル)離れたところです。
リンカーン どこかに、あかりは点いていましたか?
ソーヴィン 集会場の牧師席の脇に点いていました。
リンカーン 4分の3マイル離れたところに?
ソーヴィン そうです! 前に言ったじゃないですか。
リンカーン ところで、あなたは、その現場で、ロックウッドさんか被告人かが、火の点った蝋燭を持っているのを見ませんでしたか?
ソーヴィン いいえ! なんでまた蝋燭の火が要るんですか。
リンカーン では、どうして狙撃のようすが見えたんです?
ソーヴィン 月明かりで、です!
リンカーン 夜の10時だというのに狙撃のようすが見えたというんですね。それも、あかりの点っている場所から4分の3マイル離れたブナの林のなかで見たんですね。ピストルの銃身も見えたんですね。被告人が発射するところも。月明かりだけで、全部見えたんですか?集会場のあかりが点っているところから4分の3マイル離れていて、見えたんですか?
ソーヴィン そうです! 前にも言ったでしょ。

人々は興奮していた。2人の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、傍聴席から身を乗り出していたのである。すると、リンカーンは上着のポケットから青い表紙の暦を取り出し、おもむろにあるぺージを開き、証拠とするよう求めて、陪審と裁判官にこれを示した。そして、その1ページのある箇所をゆっくりと読み上げた。
 
リンカーン 8月9日の夜に、月は見られず。翌日午前1時に、月は昇る。

リンカーンは、畳みかけて、力強く言った。
 
リンカーン ソーヴィンさん! あなた、自分にかかる嫌疑を振り払うために、無関係の人を犯人に仕立てようと、偽証してるんでしょ! 真犯人はあなたですよ。裁判官、この男の逮捕を要求します。
 お見事ですね。でも、ちょっと話が出来過ぎているような気もします。実は、この事件は弁護士リンカーンが駆け出しの頃に手がけたものではなく、弁護士として最後に(政界入り前後のことで、政治活動を一時中断して、親友の息子の命を救うために)引き受けたものだということです。そして、被告人の名はグレイソンではなくウィリアム・アームストロングであり、ロックウッドではなくジェイムズ・メッツガー殺しの容疑で、1858年8月29日に裁判にかけられたそうです。しかし、こんな噂話もあるらしいですよ。証人が真犯人だと確信していたリンカーンは、その年の暦を出して見せたのではなく、古いものを見せたのではないか、というものです。
 さて、みなさんはどう思いますか。この話に興味をもたれた方は、ウェルマン(林勝郎訳)『反対尋問の技術(上)』(1973、青甲社)64ページ以下、早川武夫『法律英語の常識』(1962、日本評論社)78ページ以下を本学の図書館で是非お読みいただきたいと思います。


http://web-consultants.jp/blog/kii/2009/01/post-14.html

今日は、Webコンサルタント.jpの紀井でございます。



最近読んだ書籍の文中に、リンカーンの反対尋問の引用があり、私的な観点ですが面白いと感じましたので、ご紹介いたします。
反対尋問とは何ぞや?とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんので、簡単にご説明いたしますと、裁判でこちらが召還する証人や被告人に対する法廷での尋問である主尋問と、相手方がその証人や被告人に対して行う尋問が反対尋問といわれているそうです。(「そうです」と記載したのは、私には法律に関する知識が乏く、読んだ書籍に記載されていた内容を抜粋しただけで、説明根拠がそろえられていない為)
また、リンカーンはアメリカ合衆国の大統領をする前は弁護士をされていたようです。



さて、前置きが長くなってしまいましたが、先の説明からすると反対尋問は主尋問での間違い・勘違い・嘘を指摘して証言内容を正しい方向へ導く為の機会だと言う事になります。
別の角度から見ると、主尋問を行う側は反対尋問時に誘導尋問よろしく、自分達の不利益に繋がるような証言をしてしまわないように身構えてしまうと書籍にはありました。
前述から敵意むき出しな証人に対して反対尋問を行う際、リンカーンがとった手法というのが、「退路を無くす為に外堀を埋めて、最後に決定的な証拠を突き出す」といったものでした。



あなたは事件現場を目撃し、犯人を見たのですよね?事件当時は、夜でしたか?何故夜なのに見えたのですか?周りに外灯はありましたか?などと次々に質問を浴びせかけ、証人が発言した内容と一致しない「事実」を証拠提出したのです。
今回の引用からは、証人が月明かりで見えていたと証言していたので、犯行時刻に月が出ていない事を立証する新聞の記事を提出したそうです。



反対尋問側であるリンカーンは、「もし、自分自身が証人側で、反対尋問に対して誘導尋問されないぞ!って意識を持っていると仮定した時、どのような言い逃れをするか。」を予測したそうです。
つまり、証人が逃げていく方向(質問の穴)を予測し、その穴を埋めていくわけです。
これには、プログラミング時も同じ事がいえます。
理想の結果を作り上げる為に、もし、こうすれば?こうやったらどうなる?どういう部分に気をつければ間違いを起こさないか?
ありとあらゆる状況を予測して、実行テストを行ったり、プログラミング時に機能を追加したりします。


共通していえる事は、相手側の立場で考え、穴を発見し、それを埋めていく作業だと思います。
社会人スキルとして必要なものって、やはりどのシーンでも役に立つんだなと、そんな風に考えさせられた一瞬でした。

では、本日はこれにて失礼いたします。

http://blog.livedoor.jp/yutethebeaute999/archives/50145225.html

ホリエモンの公判、特に被告人質問の記事を読むとニッポンの検察のお粗末さに涙が出てくる。イギリスの法廷弁護士の格言に、

「検察側は勝利せず、敗北もしない」

というものがある。検察の役目は裁判を通じた真実の探求の一助となることであり、そこに裁判の結果に対する意図を有する必要は無いからだ。

そんわけで(どんなわけだ?)、イギリスでの経験をまとめた3年前の文章です。



先日深夜番組を眺めていたところ、馬鹿話主体のトークショーが私の興味を引いた。テーマは「女の子の口説き方」と、馬鹿馬鹿しいながら切実なものだったのだが、その道の「エキスパート」なる男性が話をしていた。たしかにものすごい話術でもなければ異性に相手にしてもらえないような御仁だったが、かれのアドバイスのひとつが、デートでの禁句は「私と付き合ってください」だ、ということだった。つまり相手に対しYesかNoの判断を迫ることは禁物だということだった。

なぜこれが私の興味を引いたかというと、これは私の法廷弁護士修行時代に反対尋問のやり方で教わったことに通じていたからだ。

法廷弁護士として試験に合格し、資格を取得した後も法廷弁論の技術向上は私にとって大きな課題だった。そこで所属するミドル・テンプル法学院が主催した実地研修中の見習い法廷弁護士(pupil barrister)を対象にした法廷弁論講座の話を聞いたとき、私は真っ先に参加することにした。

講座の責任者はミドル・テンプルの幹部(Masterと呼ばれる)重鎮の一人であり、ユダヤ系法廷弁護士界の大物で、ベテラン法廷弁護士のMichael Sherrard氏だった。氏は冤罪の可能性が高いとして有名なHanratty事件の弁護を担当した人物として有名で、その折にクライアントを廃止される前の死刑判決に失った無念さからか、若手弁護士の弁論術の育成にひときわ情熱を傾けられていた。また変り種の日本人バリスターであった私にも特に眼をかけてくれ、講座参加時もいろいろと面倒を見てくれただけでなく、プライベートでも食事を共にするなどよくしてくれた。

その講座で「反対尋問の十戒」ということを教えられた。これはアメリカの弁護士協会が作成した映像教材で、Sherrard氏が「若い人向きではないかも知れんな...」などと冗談めかして紹介したように、なんと白黒のフィルムだった。しかし講師が法学生相手に熱弁を振るうその内容は強烈でかつ有用だった。

十戒の一つ一つは忘れてしまったが、「普通の人々が使う言葉で質問すること」などという基本的なことからはじまり、「反対尋問では答えが分かっている質問だけすること」とか「反対尋問では誘導尋問が許される、つまり誘導尋問のみを行うこと」などという実践的なものがあった。そのうちのひとつが「女の子の口説き方」同様、「証人に対して結論をもとめる質問をしてはいけない」ということだった。例えば次のような例。

弁護士:「そこであなたは奥さんに電話をしましたね。」
証人:「はい」
弁:「そこであなたは駅から電話をかけているといいましたね。」
証:「はい。」
弁:「しかしこの通話記録にあるように実際には犯行現場からそう離れていないところから電話をかけていましたね。」
証:「...」

と、陪審員に証人に対する疑惑を植えつけた段階で質問を終えるのが上策。ここで勢いに乗じて、

弁:「つまりあなたは駅から電話をしているということで、アリバイを作ろうとしたわけですね。」

などと結論を突きつけてはいけない。もしここで証人が、

証:「いえ実は浮気がばれないようにと...」

などと見当違いな証言、言い逃れをされては、せっかく陪審員の心中に生じた疑惑の焦点が曖昧になってしまう。反対尋問では証人の証言に対する疑惑を最大限までかき立てておいて、陪審員の思考を自らが望む方に向けさせるだけに留め、結論は最終弁論でそれら陪審員の考えに沿う形で述べたほうが効果が上がるという戦術だ。

この点に関してフィルム中のアメリカ人講師は二つの反面教師を紹介してくれていた。一つはマッカーシー上院議員の赤狩り旋風が巻き起こっていたときの上院反アメリカ活動調査委員会の例。自分の横顔のテレビ映りばかりを気にする某上院議員の質問は「あなたは共産党、またはアメリカ合衆国の国益を害することを目的とした団体にかつて所属したことがあるか、もしくは今現在所属しているか。」というお決まり文句。これに対して「いいえ」とだけ答るだけの証人。もちろん悪名高い委員会の前に引きずりだされた証人たちにはそれだけでダメージがあったわけだが、これではとても効果のある質問とはいえない。またナチスドイツを裁いたニュルンベルグ国際裁判の折のロシア側検察官の質問スタイルも反面教師として例示された。ロシア戦車のようなと揶揄されたその質問テクニックは次のようなものだった。「お前はxxxx年xx月xx日付の総統命令xx号の発令に関与した。この事実によりお前は自分がヒトラーの犬でありファシズムの豚であることを認めるか。」「いいえ。」「なぜだ!」と叫んで机を叩く。この繰り返し。

この「結論を質問しない」と密接に関連するのだが、反対尋問の十戒のひとつは「証人に説明をさせない」ということだった。反対尋問の目的は最終弁論において自らに有利となる材料を採取することにあって、訴訟案件の実体に関する証人の証言、意見、または解説を述べさせることではない。これはその証人を呼んだ側の主質問(Examination-in-chief)の目的である。

この点に関してアメリカ人講師はアメリカ法制史に名高い二つの裁判を例外として紹介していた。

一つは大統領になる前、一開業弁護士時代のリンカーンが手がけたイリノイ州対アームストロング事件。これは後にヘンリー・フォンダ主演の「若き日のリンカーン」の題材にもなった事件なのでご存知の人も多いかもしれない。実際にはこの事件はリンカーンが当時急速に発達していた鉄道会社の顧問弁護士として功遂げ名を成し、一財産作った後にあえて弁護を引き受けた事件だ。アームストロング兄弟には殺人容疑がかけられていた。この事件の目撃者という証人に対してリンカーンはなぜ夜中に犯行を目撃できたのかと問い、説明を促す。証人は主質問で証言したように「あの晩は月明かりがことのほか明るくて遠くまで夜目が利いたからだ。」と答える。これに対してリンカーンは暦を引き、犯行当日のその時間はすでに月入り後で月明かりなど無かったと反論し、最終的にアームストロング兄弟は無罪放免となる。リンカーンの名弁護士振りを後世に伝える話として高名だが、アメリカ人講師はこの場合リンカーンは証人がどのような証言を行うかすでに知っていたからあえて説明を促したのであって、ましてや諸君らはリンカーンではないのだから絶対に真似してはいけないと釘をさしていた。

今ひとつの例外は20世紀初頭1911年に起こったトライアングル・シャツ工場火災事件。ニューヨークのローワー・イースト・サイド、ワシントン広場近くにあったトライアングル・シャツ工場では多くの少女たちが働いていた。その多くはロシアから移民してきた貧しいユダヤ系の少女たちで、家計を助けるため過酷な労働条件の中で働かされていた。ビルの8階にあった工場には当然火災時における避難経路として屋外に階段があったのだが、勤務中その避難階段の踊り場に出て仕事をさぼる少女たちがいるということで、工場の所有者は避難階段へのドアに鍵をかけていたのだ。結果として火事の際逃げ場を失った少女たちの多くが焼死し、死者150人あまりという大惨事になってしまった。この事件は当時おおきな注目を浴び、アメリカにおける労働組合運動のきっかけとなった大事件で、いまでも火事の記念日には労働組合が追悼集会を行うという。当然のことながら工場の所有者は起訴され刑事裁判となった。この弁護を担当したのが当時の有名訴訟弁護士、マックス・シュテューアー(Max Steuer)である。工場主の責任を追及する世論の高まりの中でさすがのシュテューアーも無罪を勝ち取るのは至難の業とされたが、シュテューアーは検察側の主証人である火事を生き延びた少女に対して伝説となる反対尋問を行った。彼は少女に対して火事の有様を繰り返し繰り返し証言させたのである。迫りくる煙と炎。逃げ惑う少女たちの悲鳴。必死になって逃げ道を探し開かないドアの前で絶望する様。鬼気迫る証言に陪審員を初め公聴席の誰もがそのような弁護側に不利な証言を繰り返させるシュテューアーの真意を測りかねていた。四回目の証言が終わったとき、シュテューアーは証人の少女に対してこう言った。「ケイティー、今の証言で君はひとつ言葉を忘れていただろう。」少女の証言は四回とも一言一句異ならないものだったのだが、四回目に彼女が間違えたわずかな箇所をシュテューアーは見逃さなかったのだ。ことここにいたって法廷の同席者たちはシュテューアーの狙いが分かった。つまり彼は証人がまるで機械のように一言一句とたがわない証言を繰り返すことを陪審員に印象付けることにより、世論のたかまりに突き動かされ、また自らの功名心に駆られた検察側が英語もままならない移民の少女に証言のすべてを吹き込んでいたことを明かして見せたのである。結果として検察側は陪審員の信頼を失い、被告工場主たちは無罪放免となった。これはアメリカ法曹界ではあまりにも有名な話だが、アメリカ人講師はお前たちはマックス・シュテューアーじゃないんだから絶対に真似するんじゃないぞと締めくくっていた。

5年にわたる英国での法廷弁護士活動で私も約50回ほど法廷で弁論する機会を得たが、結論として言えるのは結局は経験に勝る教師は無いということだ。しかし毎日毎日の執務で遭遇する難題に対して、偉大なる先人たちが同じような困難に立ち向かい彼らなりの方法でそれらを解決してきたという歴史の事実を知りそれを学ぶことは大きな助けであり、また精神的な励みになる。

来年度からわが国で発足する法科大学制度は優秀な法曹人材を数多く輩出することをその目的として謳っているが、日本の弁護士たちは後輩たちにどのような遺産を受け継がせていくのだろう。気になるところだ。
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なんで男の人ってフェラのとき手拍子するの?


■20年来のつらさがほぼ消えたことについて
学生のころからつい最近まで、僕は生きるというのは基本的につらいことだと思っていた。ところが、そのつらさの大部分が簡単に消えてしまったのでこんなこともあるんだという意味で伝えてみたい。長いので興味があったら読んでください。




中学生のころから、いつも体のだるさを感じていた。お腹も弱く、何かあると下痢してばかり。当然元気なんかあるわけなく、高校生のころもあんまり前向きな人間ではなかった。でも頑張ればなんとかなると思える若さもあり、インスタントコーヒーに砂糖をぶちまけて勉強をしたら大学には合格した。大学では典型的な怠惰な学生で、起きるのはデフォルトで午後、授業には半分も出ていないと思う。無気力で今にして思うと鬱状態だった。

何とか卒業してIT系に就職したが、そこでの仕事の仕方も追いたてられてやっているような感じで、いつも綱渡りをしているような気分で全く余裕はなかった。それでも20代のうちはなんとかなったし、結構業績もあげたので30前半も20代の貯金でなんとかやっていけていた。けれど30半ばになって全く新しい仕事をやらなくてはならなくなり、そこでクラッシュして休職した。復職してからは自分の頭や体の調子を冷静に見るようになって、ヘビースモーカーだったのを禁煙したり、ランニングを始めたり、食べ物に気をつけたりしたところ、少しずつだけど調子は上向きになっていったけど、根本的に何かおかしいと思っていた。以下ここまでで出ていた症状。

朝はどんなに寝ても起きるのがつらい(体が痛かったり、悪夢を見たり)
弱いお腹(煙草をやめたらずいぶんましになったがラックビーは手放せない)
どうでもいいことで怒りっぽい
夕方過ぎの焦り、無気力
突然やってくる自己嫌悪発作
お腹がすきやすい
お腹がすくと頭がふらふらして働かなくなる
なので甘いものが異常に食べたくなる
特に疲れていなくても昼食後異常に眠い
関節のだるさや痛み
走ると膝が怪我しやすい
蕁麻疹
アレルギー
疲れやすい
集中できない
どうでもいいことに緊張する
どうでもいいことに傷ついて落ち込む
寝つきが悪い
シニカルなものの見方
反・非社会的言動
ランダムなおしゃべりを楽しめない
飲み会の最中に寝てしまう
食事をしてもだるくて楽しめない
性欲亢進
仕事は、失敗するのが怖くて異常にワークロードをかけてやる。だからうまくいくときはいいけど、失敗すると目も当てられない。うまくいってもうまくいかなくても疲弊してしまう。うまくいった仕事は、人の手助けとか責任がなくて気軽にやったものがほとんど。

こういう状態だから、とても悩んでいろんなメンヘルの本や啓発系の本を読んだけど解決にはならなかった(違う意味で色んな示唆は受けたけど、特に瞑想とか)。ある時アメリカ人の書いた本を読んだところこんなことが書いてあった。

炭水化物を減らす

炭水化物は"全粒"がキーワードです。白いパンや白いご飯、白いパスタなどの精製された炭水化物は血糖値を急激に変化させ、気分をコロコロ変えてしまいます。

「脳にいいことだけをやりなさい」マーシー・シャイモフ、三笠書房




アメリカの啓発系の本は説教くさくなくプラクティカルなので好き(追記:個人的にこの本全体を評価するわけではありません。最後のほうにはカルトっぽい記述もありましたし。要は部分的にでも役立てばなんでもいいということです。)なんだけど、早速玄米やライ麦パンを試してみたところ、頭がすっきりした感じがした。のでさらに調べてみたところ「低血糖症」のキーワードにたどりついた。特にこの本には驚いた。




「低血糖症と精神疾患治療の手引き」マリヤ・クリニック院長 柏崎良子、イーグレープ




この本によると、低血糖症患者(反応性低血糖症の場合))は食後の血糖値が急激に上昇するために、インスリンが出過ぎてしまい3-4時間後に血糖値が異常に低くなってしまうとのこと。血糖値が低くなりすぎたりすると、血糖値を上げるためにアドレナリンやノルアドレナリンが分泌され、

分泌されたアドレナリンやノルアドレナリンが情動を司る脳の分野(大脳辺縁系)を刺激し、感情的興奮(怒り、憎しみ、敵意、焦燥感、恐怖感、落ち込み、悪夢、不眠、自殺観念)を引き起こすため、脳全体の機能のバランスが悪くなり、感情をコントロールできずに「キレる」症状を起こす原因の一つともなります。

とのこと。症状はより詳しく以下のものがリストされている。

攻撃的行動、うつ的衝動、性格の異常化、感情の抑制ができない、判断の統合ができない、引きこもり、自律神経失調症、完璧主義になる、健康の認識基準が低い、自責の念が強い、過度に目的志向型になる、幻聴幻覚の症状、不眠と悪夢、「キレて」止まらない症状、ストレスへの対応、感情表現の欠如

また、コルチゾールも分泌されるが、血糖値を上げるためだけに使われてしまい、アレルギーや炎症が出るとのこと。これも症状ぴったり。

極め付けはこの文章。

青少年期から低血糖症の患者は、低血糖の異常状態に慣れていて、それを通常の状態であると誤認していることもあります。低血糖症がもたらす他の症状のために来院し、検査の結果、低血糖症であることがわかり、治療して後、体質も性格も変わり、自分の健康状態、正常な状態を知って驚くことも多くあります。

これだけ言われたら試すしかないと思い、これで駄目だったら田舎にでも引っ込んで低位安定の人生を送ろうと決心して食生活を試行錯誤の末こんな風に変えてみた。




朝食:ライ麦パン、生野菜、卵、カフェイン抜きコーヒー、果物少し、ジュースなし

間食1:コンビニのミックスナッツを150kcalくらい

昼食:肉か魚でご飯は2口くらい、玄米が選べたら茶碗半分くらい

間食2:ゆで卵

間食3:プロテインとナッツの残り

夕食:妻の作るマクロビ料理+肉か魚、糖質はほとんどなし

間食4:寝る前にナッツとプロテイン

(追記:最適な食べ方は人によって違います。低GIで少量頻食にするのがポイントですが、ミネラルバランスを気にして、内臓疾患がないか検査は必要でしょう。)




ポイントは、お腹半分でまでしか食べないことと、空腹のタイミングを作らないことと、ソースも含め砂糖とブドウ糖果糖液を徹底的に避けること。食べるものは基本的にマクロビオティクスに肉と卵を足したものだと思えばいい。最初はSoyJoyも食べていた(症状が重くなければ十分効果があると思う)。酒は翌日に残っていたのが残らなくなったのであんまりセーブしていない。むしろ野菜と肉と魚で飲むと眠くならないし飲むのが楽しくなってきた(甘いつまみは厳禁だけど)。ちなみに、頭が働かない時にブドウ糖や甘いものを、と宣伝されているけど、あれは砂糖業界の陰謀だとしか思えない。その一瞬はいいけど、すぐに悪循環に入ってむしろ悪化する。たんぱく質だって脂肪だって時間はかかるけどブドウ糖に分解される(追記:厳密に言うと糖新生ですね)ので最終的な効果は一緒で、いきなり吸収されないぶん血糖値を上げず安全だったりする。だから泰葉みたいに砂糖を食べてはいけなくて、ふらふらする前にたんぱく質か低GI食品を食べるのが正解。




効果は笑っちゃうくらいすぐ(2-3日で)出た。まず仕事の集中力が圧倒的に戻ってきて、いい資料は作れるし、ミーティングで効果的な発言はできるし、客に嫌味を言われてもこたえない(冷静に指摘としてとらえる)ようになった。寝る前に食べるせいだろうけど、朝は気持ちよく目覚めるし、いらいらすることがないから性格も丸くなった。なによりうれしいのは、以前だったら調子のいい時に思いついたアイデア(プライベート、仕事を問わず)が、昼食をとるとリセットされて全然進展しなかったのが、継続して発展させられること。結構ややこしい問題に関する説明資料を1ヵ月かけてつくって客のお偉方に説明したりなんてことが簡単ではないにしても充実してできるようになって、もしもう少し若い時に同じことができたら、高給取りのコンサルになれたのになと思ったりした。今や仕事の企画を考えるのが楽しくて仕方がない。

ランニングも調子よく、以前だったらハーフマラソンに出るたびに怪我をしていたのが、今回はフルマラソンを走っても3日後には練習が再開できるくらい。胃腸については、お腹を壊すことはほぼなくなり、肉を大量に食べても難なく消化できるようになった。

おまけに、インスリンダイエットとプロテインダイエットを同時にやっているようなものだからいい感じにやせてきた。(追記:もともとやせていましたが、体型は良くありませんでした)

一応病院にも行って、保険適用外の5時間糖負荷検査というのを受けた。検査の最中から慣れ親しんだ嫌な身体的心理的症状が出て、結果は見事に反応性低血糖症(200以上に上がった血糖値が4時間後に50近くまで落ちた)だった。念のためこれも保険適用外のサプリ(結構高い)も買ったけど、なくても食事だけで十分効果があるのはわかっているのでいつでもやめられる。低血糖症を治療することでうつ病だけでなく、統合失調症も良くなるらしいとのこと。統合失調症になったことはないのでよくわからないけど。ただ、不定愁訴系はかなり治るような気がするし、いらいらしてキレやすい犯罪者やDQNは、自分もそうだったから治療可能だと思う。




今の典型的な仕事のやり方はこんな感じ

9時にオフィスに行って仕事の段取りを考えたり、プライベートでやらなきゃいけない振込とかをする。
たまったメールも見てしまう。
簡単だけど急ぎの仕事を片付けてしまう。
みんなが来る10時には、集中しないといけない仕事に取り掛かっていて、午前中は一人でブレストしてアイデアを出す。
昼食はどのみち軽いので、余った時間で本を読む。これも眠くならないので頭に入る。
午後は午前のアイデアを文書にまとめる
まとまった段階で誰かと一緒にそれをレビューする
午後の遅い時間にミーティングをまとめてやる。
夕方以降は明日以降の仕事の準備とか、調べものとか、重めのメールの返信とか。
遅くとも19:30には余裕をもって帰宅。この段階で明日以降の大まかな段取りはできている。
何をやったらいいかわからなくて無為に時間を過ごして、無力感と自責感にさいなまれながらだらだら遅くまでいた以前とは大違い。一日集中できるということがいかに素晴らしいか痛感する。マネージャーだったころに人系のぐだぐだでとても疲れたことがあったけど、そういう仕事も懐深くできるような気がする(あくまで気がするだけだけど)。

プライベートでもランニングがこれまで以上に楽しくなったほか、もともと好きだった音楽や映画も心の底から楽しめる感覚が本当に久しぶりに戻ってきた。今はドアーズを聞きなおして曲の良さにほれぼれしているところ。味覚も鋭くなって、豆や野菜の自然なおいしさがよくわかる。自然のおいしさを理解して生かしている料理を食べると嬉しい。二度とチェーンの居酒屋なんか行けないけど。妻や友人と過ごす時間も増え、こんな簡単に幸せになっていいんだろうかと思う。経済的な不安はまだまだあるけど、幸せっていうのは結局自分の状態のことなんだなと実感した。

ともかく空腹感や満腹感で良くも悪くも気分や体調が変わってしまう人は試したほうがいいかも。症状が治まった目で見るとそういう人がとても多いように見える。アメリカでは保険適用で、4,000万人くらい潜在患者がいるとのこと。日本で普通の治療になったら、長期のうつ病や進行した結果としての糖尿病やメタボが過去のものになるかもしれないと思う。
posted by tuto at 18:48| 東京 晴れ| Comment(0) | check | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月24日

dg

posted by tuto at 02:34| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

ihju

赤羽の某所でタイ料理屋を営む、タイ人のワニダさん。

客のおっさんに

「店こんなガラガラなのに、生春巻き出すのに、何で一時間もかかんだよ!」

とキレられたところ、


「めんどくせーんだよ!!おまえ死ね!!!」


と逆ギレしてた。


この店の常連になろうと決意した。
posted by tuto at 23:17| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

そうだよな

江戸時代の哲学者、三浦梅園は「枯木に花咲くより、生木に花咲くに驚け」と言っています。至言だと思います。花が咲いて、それを見てといった、日々繰りかえされる出来事こそ、驚嘆すべき宇宙の不思議だと思います。それをそう思わないのは、たんに慣れっこになっただけです。
posted by tuto at 15:44| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする